小説 | ナノ





※10巻ネタバレ含



きっかけは多分、彼女が「綺麗な人形が欲しいな」と言ったことだった気がする。


彼女はもともと少し子供っぽかった。だから人形が欲しいといわれたときも特になんんとも思わなかったけれどこの年頃で、しかも訓練兵で人形って言うのはやっぱりちょっとどこか可笑しかったのかもしれない。それに可笑しいと思わなかった僕もやっぱりちょっと可笑しいんだろう。可愛いのが良いと行ったからできるだけナマエに似た、同じ髪色で、同じ髪の丈くらいの人形を探して、それを彼女に贈った。

「可愛い!ありがとう」

「ナマエみたいでしょ」

そう言うと気に入ったのか表情がみるみるうちにますます柔らかくなる。へらりと力の抜けた笑い方はもともとだった。仲間内ではよく飛んでるなんて言われていたけれど彼女のように家族を全員目の前で巨人に食われてしまえばそうなって仕方ないのだ。ぎりぎりのところを調査兵団に保護されたらしい。それから開拓地に行って身寄りのない彼女は訓練兵になるしかなかったのだ。もちろん彼女のような人間は少なくない。儀式を終えて訓練兵になった人間だってそれなりに居る。ただあまりにも普段彼女が心ここにあらずといったように笑うからその無垢さが、みんなにとって怖かったのだろうなと思う。ふわふわ笑っている彼女からはそんな酷い過去を想像すらできなかったけれど、彼女の奥底に悲しみだとか絶望だとか諦観だとかそういうものは根を張っているのだなとよく感じる。かわいそうな子。けれど彼女にそういうものを植え付けたのが遠からずとも僕であるということに少なくとも僕は喜びすら感じていた。

彼女は浮いていた。孤立とはまた違う別の意味で。不思議な雰囲気を持つ彼女に惹かれて、彼女が生きるその世界に生きてみたいと思った。だって彼女の中に僕の存在は、会う前から色濃く刻まれていたのだから。大きな目。ぽっかりとして何も映していないような。そこに僕が映ったらどんなに幸せだろうかと思った。彼女に関わろうとするなんて変わってるというのが一般論だった。それでも構わなかった。誰も好き好んで彼女に関わろうとはしなかった。みんなが口々に言う。可愛いんだけど、中身がね。実力はあっても、ちょっと飛んでるだろって。面白かった。きっとその日、巨人なんて現れなくて、彼女の家族は今も生きていて、そうしたら彼女は皆の輪の中で笑っていただろう。そんな彼女がぽつんと居る様は滑稽で悲しくてそして美しかった。

そうして手に入れた彼女の中にはもう僕しか居ない。彼女から全てを奪った自分が、彼女にもう1度全てを与えるのはとてつもない優越感と幸せを僕に与えてくれる。

「これね、私」

「うん」

「それで、こっちがベルトルト」

ずい、と机の上に出されたのは僕が贈った女の子の人形よりもはるかに大きいくまのぬいぐるみだった。それが意図してなのかたまたまそのぬいぐるみしかなかったのかは分からない。

「僕ってくまなの?」

「これしかなかったんだもん」

そっか、と言うとそうだよ、と楽しそうに笑った。ナマエはその2つを並べて嬉しそうに交互につついては頬を机にぺたりとつけて視線だけを上げると僕を見た。可愛い可愛いナマエ。僕が居ないと何も出来ないかわいくてかわいそうな子。

「ベルトルトがくれたこの人形ね、自分で座れないんだあ」

人形を座らせようとしてもふにゃりと倒れてしまう。全部が綿と布で出来ているからそれは仕方ないのだ。くたっとしたそういう作りなのだから。

「でもね、このクマがね、ほら」

彼女がその人形を、しっかり座っているクマのぬいぐるみにもたれかからせた。人形はちゃんと座っている。

「ちゃんと座れるでしょ」

眩しいくらいに彼女が微笑む。そうだね、と言って彼女の髪をなでた。馬鹿みたいに無垢で無邪気でなにもしらない、素直で可愛いナマエ。

「ほんと僕が居なきゃダメだね」

「分かってるんだったら居なくなっちゃだめだよ」

彼女が肩を竦める。僕は曖昧に笑った。時々考える。彼女を連れて行こうか殺してしまおうかそればかりを。彼女の世界の幕を開けてしまったのは僕なのだから、彼女の世界を終わらせるのは僕自身が良いし、そうでなければならないとすら思う。

「僕もナマエが居ない世界はいやだな」

「でしょ?だってベルトルトには私しか居ないもんね」

くすくすと、からかうように彼女が言った。本人は冗談のつもりだったのだろうけれど、そういわれたときにすっと胸が冷えた。その通りだと思ったからだ。仲間という括りでなら、ちゃんと居る。ライナーだってアニだってそうだ。だけれど彼が人類に向かって笑うたびに、アニが人類に向かって手を伸ばすたびに彼らはいつか僕の手を振り払って遠くどこかへ行ってしまうんじゃないかとずっと不安だった。1日1日すぎれば過ぎるほどその疑念は強くなって時折死にそうに苦しかった。

でもナマエは違った。いつだって僕が中心で、きっと僕が死ねといえば死ぬだろうし生きろといえば何があっても生きようとするだろう。彼女には僕しか居ないというその不安定さが唯一心を落ち着かせるのだ。

「いい?」

「いいよ」

頬に手を添えると彼女が目を細めて笑った。噛み付くようにその小さな唇にキスをする。何度もそうやって酸素を求めて薄く開いた口に舌を入れる。いつまでたってもこういった行為に彼女が慣れることは無かったけれどいつだって幸せそうにするから我慢できたためしがなかった。薄く目を開くと、やっぱりきつく目を閉じたまま、眉間にちょっと皺を寄せて苦しそうに、それでも必死に応えようとする彼女が愛おしい。首を絞めたらやっぱりこんなふうに苦しむのかな、と思う。それならそれも悪くないだろうな、そう思いつつ手を服の上から彼女の身体に這わせる。腹を撫でたときに彼女ががたりと身体を揺らした。肘が机にあたる。

「……大丈夫?」

「痛かった」

「ん、ごめん」

そっと服を捲るとまだ真新しい、赤いあざがあった。その横には紫色に変色したものもある。そっとそこに唇を落とした。全部僕が殴った痕だった。服で隠れて普段見えないところには、基本的にあざがある。なんだか幸せだった。彼女の綺麗な肌が、いらだつくらい無垢な肌が僕のせいで汚くなるのだ。殴るたびに顔をゆがめて静かに泣きながら、それでもお互いに落ち着くと必ず彼女はあざをそっとなでて幸せだというのだ。まだ痛いって思えるんだなって安心する、と昔彼女が言っていた。そう言って笑った彼女は怖いくらいに綺麗だった。結局どちらが先に溺れてしまったのかは分からなかった。


彼女は別に頭が悪いわけではない。でも多分いろんなことを諦めてしまってるのだと思う。避けられるから関係を築くのも、話すのも、笑うことも、怒ることも、泣くことも全て放棄した。死ぬための訓練に意味を見出せないから、苦労を感じることも、痛みを感じることも、貪欲に生きようと学ぶことも、きっと放棄した。そんな彼女がその小さな手で僕だけをしっかり繋いで離さないのだ。離したくないがために1度諦めたたくさんのことを取り戻そうともがく姿が、あまりにも愛おしい。その繋いだ手の先を、彼女が見たときに彼女は絶望するだろうか。そっとあざにキスをして服を整える。目が合った。ぽっかりとした瞳には何が映っているだろうか。

「愛してるよ」

「……わたしも」

優しくキスをする。嬉しそうにナマエが笑う。ふと顔を離したとき、視界の端にさっきの衝撃で倒れたのだろう、足のふにゃりとしたあの人形だけが力なく倒れていた。



[]
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -