あなたが敵でも構わない、と彼女が言った。だから全部を教えて、と。 驚きに息を止める僕を見て、ナマエは悲しげに笑う。何を知られているのか。何処まで気付かれているのか。 わからないままに、僕は彼女に手を伸ばす。 背後の壁へと叩きつけても、逃げる事もせずにその瞳は僕を見た。ただ悲しげに。喉に触れても、それは変わらないままだった。 覚悟の上という事だろうか。だから二人きりで、そんな危険な質問を? 細い首を握っただけ。まだそれだけの状態で、彼女の続きの言葉を待つ。 「ライナーも、私達の敵…?」 その唇から零れた名前に、思わず指先に力がこもった。白い肌に、僕の指が食い込んでいく。止まらない。ぎりぎりと。 その名前は聞きたくなかった。 いつだって、皆と仲良く話すナマエは僕よりもライナーやエレンと親しげだった。どんな輪の中にだって自然と溶け込んで、楽しそうに。 僕がそれにひどく苛立っていたことに、彼女は気付いていたんだろうか。 「ナマエ。僕が敵でも構わないなら…ライナーは、どうなの?僕と同じように、ライナーの事も受け入れる…?」 酸素を求めて、ナマエの口が苦しげに動く。じんわりと涙が滲んでいた。 聞きたくないと思ったくせに、自分から聞いてしまっている。 その矛盾に気付きながらも、訊ねずにはいられなかった。僕だけの…味方なのか。僕たちの味方なのか。それとも、どちらにも付かないという意味か。 どうせ、いつか。そう遠くない未来で彼女は死ぬ。他ならない僕たちのせいで。誰とも知らない巨人に食われて息絶えるのだろう。 それならば、いっそ、ここで…? 「ベル、ト…ルト…」 掠れた声音で名前を呼ばれて、両手から一気に力を抜いた。 ズルズルと彼女の体が床へと沈む。 座り込み、咳き込む彼女を見下ろしながら、故郷の事を考えた。 あと少し。もう少しだけ。きっと時間は残されている。 僕には自分の意志がなかった。 それがこんな、土壇場になって見つかるなんて。 思わず笑みが溢れてしまう。 なんて皮肉で残酷で、滑稽なんだろうか。 いつかの終わりを、ずっと気にしないようにしていた。考えないように。欲さないように。 けれど彼女がすべてを壊した。 自分から。 今のこの状況は、全部ナマエのせいなんだ。 止められるとでも思ったのだろうか? 「全部を君に話したら…君は僕のものになってくれるのかな…?」 最後の壁を破壊する、その瞬間まで。 他の誰にも渡さずに。 もしもそれが叶うのなら、それはとても素晴らしい事だと思えた。 仲間を裏切る罪悪感も。僕たちを止められない後悔も。そのすべてを背負った彼女を、僕が殺す。 ライナーにだって譲らない。 じっくりと。時間をかけて。事切れるその最後の瞬間までナマエのすべては僕のものに。 けれどもし、今ここで否定をするのなら… 僕のものにはならないと言うのなら、その時は。 もう誰の名も呼べないように、その口から引き裂こうか。 彼女の答えを待ちながら、膝を付き、俯くその頬に向かって手を伸ばす。 そっと上向けたその表情は、見た事もない程悲痛な色を浮かべていた。 [←] |