My key
目の前の男の話を聞く限りドッペルゲンガーじゃないみたいだ。
いや、私だって叫びたいよ。
「ありえねー!」ってさ。
「うわ、これ全部降谷が作ったの、……主夫じゃん。」
目の前にはチーズたっぷりのドリアとサラダ、そしてフルーツたっぷりのヨーグルトにオレンジジュースまで準備されてる。
降谷は椅子にエプロンをかけ、私の目の前の席に座った。
「いや、これぐらい頑張れよ。まぁ元々菜々を俺の家に連れてきたのはお前の夕食を作るためだったんだけどな。覚えてるか?」
「覚えてない。でも昨日のが手もつけられずに残ってるってことは、食べずにヤっちゃったってことだぁーね。どうりでお腹空いてるわけヨ。」
「………ハァ。」
降谷の大きい溜め息を聴きいても気にせず食事を続ける。
家庭料理って、やっぱ外食より美味しく感じるから不思議だわ。
「………お前、いつもあんな感じなのか?」
「……?」
降谷がジト目でこちらをみてくる。
いや、イキナリ言われたって訳ワカメなんですけど。
「だーかーら!お前は覚えて無さそうだけど、お前に会った時、最初に誘ってきたのは菜々だった。でも、俺が一度断ったら、お前は別の男のトコへ簡単にふらっと行きそうだったから。そういう癖がついてるんだと思ったんだよ。……俺の事に気付いて声かけた訳じゃあなさそうだし。」
あー、そーゆこと。
「…さぁ。どーかな。ご想像におまかせする。」
「なんだよ、今の間。」
「別にー。降谷の一存にまかせるってことで。でもそれよりなんで私が料理しないって知ってんのヨ。ストーカー?」
降谷の顔が引きつった。
ストーカーって言葉が気に入らなかったらしい。
でもまー、いっか。
拗ねた降谷、ちょっと可愛いし。
「ハァ。俺がお前に普段の食生活を聞いたとき、お前は『基本は外食だネ。でもバターサンドといちごミルクもいい仕事してくれんのヨ。』って言ってたんだ。だから俺がご飯作るって話になった訳だし。お前一体何歳になったんだよ。」
「29」
「違う!そうじゃない。」
「降谷と同い年」
「ハァー、もう。菜々、今日から俺ん家に住め。お前がちゃんと生活を送れるように俺が面倒みる。あとお前の性に乱れきった生活は俺が矯正してやるから。………荷物は早めに取ってきておけよ。」
はぁ!?
「…………なんつーオレ様、」
「因みに食費、家賃、電気代、水道代、諸々俺が全て払うつもりだから。」
ニヤッと笑う降谷。
展開についていけねーんだけど。
降谷はスクッと立ち上がると、近くの引き出しを漁り始めた。
「それと……あった。」
なに、なに、今後はなにヨ。
降谷が私の右手を掴み、私に何かを握らせた。
………この感触は、流石に分かった。
ゆっくり手のひらを開くと案の定のモノ。
「………。」
「これ、うちの合鍵な。」
ついていけねぇ!
わざと早くご飯を食べ終わり、箸をお茶碗の上に置いた。
口直しにオレンジジュースを飲み干し、そして同時に握らされた合鍵もすぐ横にカチャリと大きな音を立てて置く。
席を立ち上がり、降谷に背を向けて家を出ようとした。
「ちょ、待て!菜々」
珍しく焦った声を出して降谷は急いで菜々の腕を掴んだ。
彼の性格なんて昔…高校時代から理解してたつもりだったけど、そんな声を聞く機会はそう無かった。
「……なんで私にそんなに構うのヨ。」
自分でもちょっとびっくりするくらい低い声。
降谷は一度目を逸らしたけど、決心した様に話始めた。
「………"あの時"お前を助けてやれなかった。」
降谷の言う"あの時"を直ぐに理解する。
「……はぁ。何お前が責任感じちゃってんのヨ、お前全然関係ないから。」
「関係ある。俺は昨日、菜々に会えて運命だと思った。"あの時"俺がもっとしっかりしとけば、ってずっと後悔してた。だから、俺は、…今度こそお前に帰る家を作ってやりたい。」
降谷の真剣な目が私を離そうとしてくれない。
だけど、力を振り絞って降谷から目を逸らす。
「余計なお世話だ。降谷には関係ないほっといて。」
だが。
「……離して。」
「…やだ。」
「おい降谷……」
彼のほうに顔向けると顔を両手で挟まれ、無理矢理目を合わされた。
ちょっ、何、
「あー!………もう。本当はもっと時間かけてから言おうと思ってたのに。……好きだ。菜々が好きなんだよ。ずっと前から。ホントは気付いてるんだろうけど。バカ菜々。」
「なっ……」
目の前に耳を赤くした降谷がいる。
こんな顔をする降谷を久しぶりに見た気がする。
「だから、コレは菜々に預ける。持っていてくれ。ココは菜々が帰ってきていい居場所だ。」
いつの間に手に持っていた例の合鍵が再び私の手に帰ってきた。
さっきは酷く重く感じたけど、……今は心地よい重さだと思った。
離された腕は私の行動を制限するものでは無かった。
だから、今度こそ玄関のドアノブを握る。
「待ってる。……いってらっしゃい。」
降谷の声が私に少しの罪悪感と、よく分からないけど喜びを与えてくれた。
私だって別に嫌いじゃない。
「……ご飯、美味しかったわ。」
握らされた鍵を落とさないように静かにズボンのポケットにしまった。