Morning
「起きて菜々。」
男の甘い囁きが私の耳を擽り、つい擽ったくて近くにあった布団に顔を埋めた。
顔の正面が男の方に向いているのか、優しく頭を撫でられる。
私……昨日誰と寝たんだっけ……
小さな意識が私の中に浮上する。この声……ずっと前にどこかで聞きたことがある声だと思うんだけど、
瞼の重さに逆らえず、彼を認識する事を簡単にやめた。
優しそうだし、害はなさそう。ならば確認するのめんどくさい。でも、頭撫でられるのは、気持ちいい。好き。
もっと、して。
「菜々」
一向に起きる気配も出さない私にもう一度名前を呼んだ彼。
「ん、………なぁ、に……。」
「ふっ、もう10時なんだけど?」
「 じゅうじ、んぅ、」
その声をかき消すかのように身体を猫のように丸める。
「菜々」
私の前髪に彼の吐息がかかる。
それと同時にしつこく名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「んんー。……うるさい。」
「うわっ、……おい、こら。引っ張るな、」
あんまりにもうるさいから彼の身体を引っ張り、ベッドへ引き込む。
小さな力で引っ張ったつもりだったけど、彼の態勢が崩れすぐに身体が私のすぐ隣にきたことが、ベッドの振動や体に触れる体温からわかった。
昨夜は誰に相手をして貰ったんだっけ?
この声を持つ人はどんな顔をした人だろう?
さすがの好奇心は眠気さえも忘れ、先程まであった瞼の重みさえも引いてきた。
顔を少し上げ、目をゆっくりと開く。
「朝ごはんを作ったって言いに来たんだけど?」
目の前の男は想像以上に美しい顔だった。
日に当たって透き通る金髪に、私を見つめる優しい目。
童顔の顔見る限り、どうやら私は年下の男に手を出したのか……。
…にしてもコイツ、
私の記憶上に残るあのバカな男にとても似ていた。声だけじゃなくて、顔の特徴まで……。
くそっ。ドッペルゲンガーにしてはやるな。
確か最後に奴に会ったのは高校生の時……大人になったあいつも恐らくこんな顔をしているのかもしれない。
もしや私は無意識のうちにあの男の残像追っていたのか………?
「……ごめーんネ。君の名前を教えてくれる?」
布団から顔だけ出し、こちらを見つめる瞳に人ウケのよい笑みを浮かべる。
すると彼はびっくりするくらい不機嫌そうな顔した。
あー……。さすがにこの状況で名前を聞くのは軽かったか?
割と色っぽい聞き方して、機嫌を損ねないようにしたつもりだったんだけど。
心の中で苦笑いをする。
「俺の顔見て何も思い出さないのか?」
「……ごめーんネ。」
わかる程度に低くなった声に少しの後悔が頭をよぎった。
朝食まで用意してくれた人に悪いことしちゃったかな。
一夜限りの男の名前には、普通よほどヨかった相手じゃない限りそんなに興味は無い。
だが、今回だけはこの男の顔に興味が湧き、名前が知りたくなったのが仇になった。
逆ギレするタイプじゃないといいんだけど。
「………れいだ。」
「ん?」
いきなり教えられた名前に思わず反射的に聞き返してしまった。
「零。降谷零だ。これでも聞き覚えないか?」
不機嫌そのものを全面的に出したような声。
苦笑いで相手に微笑む。
ハハ……。
無いなんて言える雰囲気じゃなかった。