Zero | ナノ

情報収集を

「バイバイだね……零。」

菜々の声。

『バイバイだね……零君……。』

子供の頃大好きだったあの優しかった声。
蘇る記憶。
…………エレーナ先生の声だ。

これは、あの時と同じ言葉だ。

ーーーーーーー
俺は小学生の低学年だった

『ダメって言ったでしょ?もうケンカしちゃ……。』

エレーナ先生は俺の背丈に合わせてかがみ、俺を諭した。

『だってー……』

『次に怪我して来てももう手当できないよ……。先生…遠くに行っちゃうから…。』
『バイバイだね……零君……。』

あの時、エレーナ先生が何を俺に伝えたかったのか……
あの時の俺には分からなかった。

ーーーーーー

「……っは!」

菜々の気配が完全に無くなったのをキッカケに意識が完全に覚醒した。
何故だか分からないが菜々の言葉がエレーナの言葉を思い出させた。

「くそっ……もう、あの頃の俺じゃない。」

前髪を掻き上げ、溜め息を付くことで一度気持ちを落ち着かせる。

ベッドから勢いよく降り、さっき菜々が誰かと通話していたリビングルームへまっすぐ向った。
既に菜々が起きる前には起きていた。
いや、むしろ職業柄寝れない身体になったと言った方が正しいか。

「…悪いな。」

各部屋に隠していた盗聴器を回収する。

組織にいた身として、いや現職公安警察として、部屋や人に盗聴器を仕掛けたり常に護身用の武器を身に付けたりするのはごく当たり前のルーティンのようなものだった。

特にこの種類の盗聴器は阿笠博士に作って頂いたものだ。

コナンくんが昔、俺の部下の風見に仕掛けたものを改良したものであり、音質やサイズはもちろん、電話での使用も考慮に入れてあるため、電話の周波数と電波干渉しないように設計されている。
だから通話中に受話器から雑音が入る心配は無いのでバレるリスクが低くなっていた。
これが菜々への何かしらの手掛かりになってくれればいい。

何と言っても人の気配を感じると勝手に録音を開始するシステムが搭載されているから我々の意思に関わらず大事な音声を拾うことが出来る。

まさに公安の捜査のために作られたようなものだな。
といっても、今やあの幼かった姿から元に戻った現役高校生探偵くんも密かに使用してるみたいだが。

「ったく、日本に帰ったら新一くんには説教だな。」

苦笑いをこぼしつつ、椅子に座り、机の上にそれらを置いた。

「さて、君の秘密を何か知れたらいいが。」

初めて会った時からどこか計算高く、掴めない女だった。
まぁ。追われてた、と考えるとタイプは二つに分かれるが…、

家族が犯罪に関わってしまった場合
そして………

「菜々さん自身が犯罪者である場合。」

回収した3つの盗聴器を机の上に置く。
そしてそのうちの一つにイヤホンを差した。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。またあの頃のように逃しはしたくない。」

まさか仕掛けた盗聴器を聴く羽目になるとは思わなかったが
なかなかの手掛かりとして役に立ってくれそうだ。

「くっ、頼むぞ。」

思い出したエレーナ先生の記憶は俺を少し追い詰めた。
また、大切な人を何度も何度も失うことになるぞ。と俺に脅しをかけているみたいに思えたのだ。

松田…
萩原……
伊達…そして、

景光。

お前ら友の死から大事な事は学んだ。

ピッーーー

再生ボタンを押す。
すると運良く始めに回収したものに音声データが入っていた。

手掛かりを拾おうと音に集中する。

朝のあの時、菜々をなんでわざわざ止めなかったのか。それは根本的に意味が無いと思ったからだ。
彼女にとっては俺はただの一般市民だ。
つまり邪魔でしかない。
まず彼女を知るための情報収集をしなくては。

ここからは俺の得意分野だ。

「この俺から逃げられると思うなよ。」

菜々にどんな秘密があるかはわからない。
もはや、彼女の名前さえも偽名の可能性だってある。

耳をすませる。

「………。」

拍子抜けした半分、驚き半分。

「フッ。…アハハ…酷いなこりゃ。」

言葉遣いが俺の時は割と丁寧で洗練されていたが、実際は意外と粗雑な女性なのかもしれない。

ん、ここは、俺の話か、?
ーーーー

『…………』
『ひっど。ま、行ってないよ。運良くボランティアしてくれる人が身近に居たってゆーか。ハハッ。』

ーーーー

録音されていた内容に心当たりのある会話が残されていた。

ふーん。俺は"ただの"ボランティアってわけね、"ただの"ボランティア。
ただの、って言葉が自分に突き刺さる。

だが、昨晩夜に出掛けようとする菜々を引き止めたのは正解だったわけだ。
じゃなきゃ、昨晩の彼女の身体は別のそこらへんにいる誰かも分からん男に食われてしまってたってことだ。

妙な焦燥感が湧き出ち、手が汗でびっちょりと濡れていた。

丁度良いタイミングで録音されていた音声も終わったので、立ち上がり洗面所に向かった。

鏡の前に立つと、そこには怒りで顔が強張った自分がいる。

いや、物は考えようだ。
だって、考えてみろ。
止めたからこそ菜々のあの身体が自分のものになったようなものだ。

「くそっ、昨日もう少し激しくして置くべきだったか。」

立ち上がれなくなるくらいに。
俺から逃げれなくするために。

そんなバカな考えが自分を支配し始めた。

蛇口を開き、汗を流す。

「手掛かりは、カイトと呼ばれた男、盗んだ宝石、パンドラ、トウイチの死、3ヶ月前にした泥棒、30分程度の移動範囲、そしてマジック、か。これがどう繋がるかは分からんが今ある一番大きな手掛かりだ。」

たまに聞こえてきた電話の音漏れからカイトと呼ばれた人が若い男だと分かった。
俺よりもその若造を選ぶ菜々に少し腹が立ったが、今は仕方ない。

俺だって体力的にも頭脳的にもあらゆる面で優秀な男だ。

「俺の方が頼りになるってすぐにわからせてやるさ。」

洗面所から出た俺は旅行鞄の中から黒シャツを取り出し、腕を通した。

学んだことは一つ。
大事な人は自分の手で守る。


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