Rojo | ナノ

Rojo

目の前の大きな鏡に全身を写し吟味をする。
マンションのエレベーターで最後に入念なチェックをしていた。

黒の着物。粋で美しく描かれた船。赤とオレンジの帯。簪で留められた髪。

「……うん。似合うのよ。でも、似合うんだけど……さ。若干選択ミスした気もするんだよ。」

だって電話で酷い事言っちゃった上、その浮気(?)相手から貸してもらった衣装を着てココまで来た理由はただ秀一の嫉妬した姿を拝みたいだけ。……ね?…かなりの嫌がらせじゃない?

けど、………まぁ。

「すぐに秀一に会いたくて……このまま来ちゃった。……ごめんね?」

とかなんとか涙目で可愛く言っとけば済むかな。
ベルモットに教わったワザは思いっきり応用させて貰っている。

チーンという音と共にエレベーターのドアが開いた。

「…ふっ。でもま、ピンチはチャンス。逆転サヨナラホームランってね!」

って使い方違うか。
自分で言って自分でクスッと笑う。

エレベーターから一歩足を踏み出した。

だが人の気配を感じ、素早く左側を見る。

「………ッ、!」

エレベーターのボタンがある所にもたれかかるようにして煙草を吸う秀一がいた。

その薄い唇から煙草を離して床に捨てている。

「ホー。……随分と機嫌がいいな。てっきり俺に対して罪悪感でいっぱいになって来るかと思ったんだが…。ふっ。そのワケ、俺にも分かるように教えてくれないか?」

急に近付いてきた秀一は耳元で囁いてきた。
すぐに顔を離し、ちょっと意地悪そうな顔して私の方を見てきた。

もちろん私は聞かれたであろう言葉に冷や汗をかく。

「……ぅあ。し、しゅう、いつからここにっ……」

落とした煙草の火を足でもみ消している。
もみ消した周りには既に数本の煙草が落ちていた。

もしかしたら電話の後のほんの小一時間の間、ずっとここで待っていたのかもしれない。

「まさかっ、あの電話のあとずっと……!?」

秀一が1歩前へ、私の方へ踏み出す。
それだけですぐにその距離は縮まった。

「……さぁな。ただ、待ち草臥れたぞ……」

目と目が甘く絡み合う。
秀一の手が私に伸びて指が頬に優しく触れた。

キスする時の暗黙の合図……

「……っ、まさかここで?」

動揺する私をみてニヤッと笑う秀一。

「…ああ。せっかく大人しい忠犬でいてやったんだ。褒美を貰わないと嫉妬して相手の男の喉笛を噛み切ってしまったらダメだろう?だから俺が檻を壊さないよう主人が自らの手で俺を慰めてくれ。」

呆れた声が出てしまった。

「ハハッ……私は珍獣ハンターか。……ん、で?翠眼の美しい獣さんは何が欲しいの?」

秀一の指先が私の頬に当たる。
その大きな手で頬を包み込んでくれる。

あんな電話を聞いて嫉妬してくれてるらしいのに、私に触れる体温はあったかい。

それだけで秀一が私の事をいかに考えてくれていたかが伝わってきた。

「…ふっ。それはもちろん……」

チュッ……

まず小さな子供がするようなキスをされた。
すぐ離された唇に物足りなさを感じる。

「…んっ、…これだけなの?随分と飼い慣らされちゃって…」

残念。
ガッカリ。
もっと嫉妬してよ。
もっと嫉妬で乱れてしまえばいいのに。

「菜々」

秀一の低めの声。

「…っ、」

その声を聞くまでそう心の底ではその考えが渦巻いていた。
その渦巻く醜い想いが私を暴走させる。

「……ね、秀一。もっと、……欲しいよね?ご褒美。……この着物いいでしょ?バーボンがわざわざ私の為にって、くれたのよ。ねぇ……似合う?」

わざと猫なで声で挑発をした。

「……安室くん、か。」

その怒りを含んだ声に背筋が少し期待で震えた。

「そう。……ずっと、バーボンといたの。」

秀一は何時もと違う鋭い目つきで私を抱きしめてきた。
さっきまでの余裕の影はすっかり消えてしまっている。

「………俺から離れるな。……誰にも…やらん。」

苦しいほど強く抱きしめられた。
抱きしめる腕の力が言葉の意味と同調して強くなっている。

唇が近づくギリギリで目を閉じ、少し顎を上げる。

私も受け入れる準備をする。

唇が重なった。
1回目のキスは嘘だったみたい。

噛みつくような獣のようなキスが落ちてきた。入り込んでくる秀一の舌に自分のものを絡めるとキスがより深くなる。

「…んっ、んんうっ」

息さえも吸いつくしてしまうようなキス。
暫く続き、流石に息もし辛いため腰が砕ける感覚が襲った。

「あっ……くぅ、ん…ッ、しゅ、う、長ッ……」

立って居るのが厳しくなり、秀一の服の袖を思いっきり掴んで無いと立ってられない。
秀一も私のその状況を察しお尻に腕を回すことで支えてくれている。

「……離さん。…っ…」

まるですがりつくような執拗な悲しいキス。

「…しゅう、んっ…ハッ…うぅん…くるしっ……」

キスの初めは正直優越感だったが、今はキスについていくのに少し必死だ。

「菜々…」

背中に回った秀一の手が帯に触れ、私の頬を触っていた手はいつの間にか着物越しだが、私の右胸を弄り始めた。

ほっといたら脱がされてしまう。
流石に外ではだめだ。

「……ッ!だめ。外は…んっあ…組織に知られたら、……困るから。」

その言葉に秀一も一瞬理性が戻った気がした。
ようやく唇がゆっくりと離れる。
分単位のキスがようやく終わり秀一の胸になだれ込んでしまった。

「………、!」

全然力が入んない。

こんだけして私は腰が抜けてるのに、秀一は少し息を切らしてる程度。
……どんだけキスが上手いのよ…。

「……はァ、っ、はぁ……。」
「……安室くんに何をされた?」

上を見上げて秀一の目を見つめる。
秀一はそれでも普段じゃ見れない不安そうな顔をしていた。

なんでもっと堂々と聞いてくればいいのに。
いつもなら俺様態度で「教えろ。」とか言う癖に組織が関わるといつもこうなる。

葛藤しているのかも知れない。
私達が交わした契約を。

「………。」
「……そうだったな。悪かった。聞いてはいけないと自分で決めておいて聞いてしまったな。」

私と秀一が結んだ普通の恋人になるための契約。

ーーーーFBIである秀一は組織の事について私には聞かない。

「……契約なんて。」
「…ん?」

私を守るための契約の癖に私に腹立たしくさせるなんて本当に生意気。

「本当に必要なの。聞きたいなら聞けば良いじゃん!もっとタダでもこねればいいでしょ!?"教えて!何があったのよ"って!……普通の恋人ならそうなんじゃないの!?」

秀一の目が揺れていた。

「……ふっ。あれ?ホントは詳しく知りたいんでしょ?私が今日バーボンの為に何をしてあげたか。そして何をされたか。」
「……いい。やめろ。」

少し腹が立ったから意地悪したくなった。

「…ふっ。恋人の振りしてあげたの。それに………キス、されたの。それでも聞かなくてよかった?」

挑発的な目で秀一の目をみる。

秀一はムッとした顔つきになった。

「……君はその無鉄砲な性格を治すべきだな。」

その言葉のすぐに秀一の肩に担がれてしまった。
一瞬何が起きたのか分からなかった。
ホントのホントに瞬間だったんだ。

気付けば秀一の肩にいるなんてありえない。

「…ふぁっ!あ、ちょっ、秀一!?……浮いてる!浮いてるから!自分で歩けるから降ろしてよっ!聞こえないの!?ばか!」

落ちない様に肩に担がれながらも秀一の首を必死に抱きしめる。

「…その様子じゃあ到底歩けるとは思えないんでね。それに早く君と本音で話し合いたい。ここでは誰が聞いてるか分からんからな。案ずるな。落としはしない。」

確かに秀一は安心感の塊のような人間なのは認める。
けど、この頭から床に落ちるかも知れない恐怖からは逃れられねぇの!

「いやそうじゃなくて!秀一は落とさないだろうけど、本能的に怖いんだよ!」

数歩歩けばすぐに黒のシックなドアの前に着く。

ポッケから取り出したキーでドアを開け、部屋に上がるとそのままベッドルームに向かった。

「……へ?まさか話し合いはベッド……なの…!?」

秀一が何をしようとしてるのかが直ぐに理解できた。

「ああ。その方が菜々の本音を素直に、かつ楽しく聞けるんでね。……ああそうだった。安室くんにキスされたんだったか。…ならその経緯もしっかり聞くから覚悟しとけよ。なに、時間もたっぷりある。君についた男のニオイもしっかり消さなくてはならんしな。」

そう言ってドスンと痛くないように配慮されつつ降ろされたベッドの上。
秀一の身体の重みで仰向けにされた。

「……こんなやり方で聞こうとするなんて、……変態。変なAVの見過ぎでしょ。」

何と無く秀一の目を見て言えず、ソッポを向きながら呟く。

「……ククッ。昔、俺の部屋でAVを見て興奮してた子の言うことじゃないな。それに……そんなにお望みなら……」

そう言って秀一はたまたま自分の身に着けていたネクタイに手を掛ける。

「……へっ、まさか、」

首から解いたネクタイをニヤッとした顔で私の手首をベッドの格子に括り始めた。

「ちょっ、ちょっとばかなのっ…変態!ロリコン!マニアック!変態プレイ!悪趣味性癖男っ!」
「フッ……。酷い言われようだな。だが、言葉の割に抵抗が少ないぞ。………本当は期待、してるんだろ。」

秀一の吐息が首元にかかる。
ゾクっと下腹部が疼き始めた。

あれ、やばい。割と、……好きかも。

「………ハマったらどーしよ。」
「ふっ。とことん付きやってやるさ。」

私達には確かにキッカケが必要だった。
でももう。

「聞くんでしょ?……契約はもういーんだ……?」
「ようやく複雑な女心に触れた気がするよ。……それに、我慢するのはもうやめた。今は早く……菜々に触りたい。」
「…っ。………なら、早く上書きしてよ。」

ベッドと手首の結びがしっかりしているのを確かめた後、秀一は私の首元に顔を埋めた。
鏡を見てないから分かんないけど、多分………私の顔はもう、女の顔だ。


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