「……ふぅ。やっと終わったか。」
食事を終えたので相手の女性に適当な言い訳を並べて帰る事にした。
ーーーヴェスパーがいないのに俺がココに長居する理由はない。
見送りと称してついてこようとする見合い相手を宥め、車のナンバーを控えられても困るので背後に注意をしながら駐車場へ向かう。
いくら見合いに関して和解したと言っても、あれだけ自己中心的な女性だ。何するか分からない。
ガチャーーー
白のRX-7の運転席のドアを開け、エンジンをかけた。
車を発進させる前に助手席を無意識にチラッと見る。
そこはいつも見慣れた無機質な黒のシートが鎮座しているだけ。
何もない。
だが今日、そこに温もりを与えていた人物はもうあの男のところに行った。
「…………くそッ…!」
ハンドルを拳でドンっと叩いた。
誰も、何も悪くない。
けど、湧き上がる謎の苛立ち。
あの男……赤井秀一の事を考えただけで虫酸が走るくらい腹が立つ。
だが、それ以上にヴェスパーが赤井のものなんだと理解するたびに、身体の奥底からジワジワと何かが込み上げてくる。
「………俺は……俺が分からない。」
赤井とヴェスパーが電話で繋がっていた時、このままこの二人が仲違いしてしまえばいいと本気で思った。
自分が見合い相手に告げる言葉に力が入った。
ヴェスパーの「透のことを愛してる」が嘘でも胸に響いた。
あの声、俺に巻きつく腕の体温、首元から香る匂い。
全てが今鮮明に思い出せるくらい強く残っている。
見合いの話に決着をつけ終わらせた。
これもヴェスパーのお陰である。
最初は本当に見合いを断る為だけの手段として丁度良かったからヴェスパーを呼んだだけだった。
着物はその小道具として買っただけ。
別に着物にあれだけ金をかける必要も、
ヴェスパーに似合う着物の柄を時間をかけて悩む必要もなかった。
それにヴェスパーと見合い相手の2人が途方も無い事で言い争っていた時、
何もあの時抱き寄せる必要もなかった。
ましてやキスもする必要もなかった。
どんどん自分が自分でないように思う。
俺は、………組織の女には恋をしない。
ヴェスパーに初めて会ったあの日の事は忘れなければならない。
まして利用する側ではなくて、される側なんてごめんだ。
「俺はただ、……ベルモットが頼んできたようにシャドウになれきればいいだけだ。余計なことは考えるな。分かってるだろ、それくらい。俺は1人の女じゃなく、日本の安全を守るためだけにココにいるんだ。個人的な感情は……捨てろ。」
それでも、キスした時のヴェスパーの顔が忘れられない。
俺より低い背だから自然と上目遣いになる瞳。
自分の唇に指を置き、潤ったあの目で見られるとゾクッと疼いた。
組織の仕事で色仕掛けなんてベルモットに仕込まれて数をこなしているくせに
年相応の少女になっていた。
「ベルモットから頼まれた役が降りたら、俺は、………どうなる?」
分からない。
自分のことなのに、分からない。
気付いたら身体が動いてしまう気がする。
見合い相手に宣言した言葉は自分の中で否定出来ない。
「……はぁ。」
自分が今29ではなく、恋をしたての中学生の気分だ。
思えばヴェスパーに嫌われ為にしているイジワルは好きな子イジメに思えてくる……。
ほんとは口に出したい言葉…
「……菜々……」
君のその名を言えばその榛の瞳で俺を見つめてくれるか?
「………フッ。なんてな。」
………なぁ。スコッチ、お前ならこの状況を見て俺になんて言う?
きっとお前なら爆笑しながら俺に告げるんだろう。
「え、……ゼロが恋愛で悩むだって?女なんて利用するしか価値を見出せ無いお前が?ハハッ成長したな!……でもなゼロ。恋愛は誰かに許可をとってするもんじゃ無いだろ?相談してる時点でお前はもう気付いてんだ。言い訳が欲しいならそいつを組織から救ってやればいい。恋愛相談なんて、ただ誰かに背中を押してもらいたいだけなんだからさ。馬鹿になっちまえ。頑張れよゼロ。」とか言んだろうな。
唯一同じ公安という職に就きながらも、本当の友として意見を言ってくれるお前なら。
「……ハハッ。……ん。俺らしくないよな。」
車を発進させる。
そうだ。利用すればいい。
それで………言い訳がつく。
俺が彼女を好きだとしても、そうでなかったとしても落とすのにデメリットはない。
赤井からヴェスパーを奪うのは赤井に対する嫌がらせにもなるし、
そうなればヴェスパーから組織の情報を効率よく奪う事もできる。
本当に俺が彼女を好きだったとすれば、………赤井から彼女を奪える。
今こそベルモットからの契約もあるし、大っぴらなことは出来ない。
でも今日みたいに少しずつ意識させていけばいい。
焦ることはない。
「………焦りは、最大のトラップ、だよな。」
なぁ?
スコッチ。
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