「………と彼女は言っているみたいですが、貴方はどう思われますか?」
ハムスター娘が電話の向こうにいる秀一に尋ねる。
最悪だ。ありえない。
マジで笑えないんだけど。
どう思うとか聞いてんじゃねーよーーー!
コッチだって本心じゃないんだってばァ!
『……どう思うも何も、彼女はそう言っているんだろう?なら、そう言う事なんじゃあないか?』
「彼女と交際や、疚しい関係ではないという事ですね?」
『……そうだな。』
……っ。
息が一瞬詰まる。
最初ふっかけたのコッチでしょ。傷付いてんじゃねーよ。ばーか。
『……ただ。』
伏せていた目を起こした。
「はい?」
『彼女が俺の事をなんとも思っていなかったとしても、俺は彼女に好意を抱いている。……あいにく、彼女はそれには応えてはくれなさそうだがな。』
私は目を見開いた。
「そ、それは、恋愛感情の、ですか?」
『あぁ。そうだ。』
秀一の言葉に一瞬時が止まったかのように感じた。
勝手に私の周りだけの時が流れてく。
………私だって。好きよ。
「…と、言ってますが、貴女は?」
ハムスター娘が私に問いかける。
「……言ったでしょう?その方には悪いけど、私は透しかいらないの。その人のことはなんとも思ってないわ。」
ヴェスパーとして堂々とこの娘に言い張った。
バーボンも「すまない」と大丈夫だを伝えるためか手を握ってきた。
「……そうですか。なら、貴女と透さんの関係の信憑性は上がりましたね。ご協力ありがとうございます。」
『いや、それより彼女に伝言がある。』
「はい。どうぞ。」
なんで、電話の応答がハムスター娘に主導権握られてんの。
『別件だが君にはしてほしい仕事ができたから、事が終わり次第早急にこちらへ来てくれ。……もちろん、残業覚悟で今日中に、とな。』
秀一の最期の声に息を飲む。
「……はい。伝えておきます。」
もう聞こえる秀一の声に内心バックバク。
心の中で頭をぺこぺこしてから、返してもらったスマホを切った。
「……はぁ。これで証明できたわよね?私には透しかいないって。ということで、この無意味なお見合い、もう終わらせて。私が許せないから。」
「いいえ。ダメです。あれは貴女に片思いをしていた、ただ仕事の上司ではないですか。証明なんて出来てません!ですから貴女と透さんが結ばれるなんてやはり認められませんわ。」
はぁ?おい姉ちゃん。コッチは秀一に誤解させてしまったっていう大損害かかえたんだよな。わかってんのか?この女。
誤解させるだけしてなんの収穫もないなんてふざけんな。
「はい?貴女一体何様かしら?貴女は私と彼の母親にでもなったつも………り、……って、え、ちょ、」
「菜々」
私の言葉を遮り、バーボンが私の名前を呼び、肩を強く引き寄せた。
コッチはプチパニック。
なになになに?
なぜゆえ抱きしめるのだお前は。
バーボンの手が私の顔に伸びてきた。
私の顔を優しく自分に向けさせる。
はい?はい?はい?
その表情は不敵な笑みでもなく、からかいの眼でもない。
近付いてける色気のある男の顔。
これは、……キス、される。
「…バー、とお、……っ、ん。」
唇からバーボンの体温が私に移った。
唇を包み込まれ、柔らかい質感を感じさられた。
一瞬で静かになった空間。
唇が離れ、リップ音が室内に響く。
は?
私は指を唇に手を当て、バーボンを見つめた。
「な。……」
「菜々、落ち着いて。」
ちょ、何?キス………されたんだけど。ねぇ。
え?……え?
バーボンを暫く見つめていると、一度小さく笑顔で微笑えまれ、後頭部を優しく撫でられた。
そしてバーボンはいたずらっぽい表情でハムスター娘にウィンクし、人差し指を唇に当てて「しーっ」というジェスチャーをする。
ちょっと小悪魔的な表情や強調された唇。
恐らく初めて見るバーボンの胡散臭くない”素直”な笑顔だ。
流石にちょっとドキドキ、する。
だってこんな顔見たことないかも、
なんだこの29歳。
…………かわいい、
………いや、待て。
違うだろ。
おちつけ自分。
正常なフィルターに戻れ。
容易くコイツのあざと菌にやられるんじゃないっ!
いいか?ただこの言い争いを中断させる為だけにキスされたんだぞ?
ふざけんな変態め。
私を使うな。
もっと止める方法あるだろ。
ふん。
考えろ能無しめ。
ジト目でバーボンを見る。
するとバーボンもこっちを見た。
「すみませんが、あまり僕の恋人を虐めないで貰えませんか?僕は彼女のことを心から愛してますし、逆もまた然り。もし、……たとえ彼女が別の男を好きだとしても、僕はその男から必ず奪ってみせる。誰にも渡さない。悪いですが、僕が貴女を好きになる時間はありません。ですからこの話、僕の意思で辞退させて頂きます。」
物腰の柔らかい言い方であったが、どこか力強いメッセージが含まれていた。
嘘の言葉なのに、私でさえ本気にさせられた。
また、………その目。
嫌だ。
演技と分かってても、まるでバーボンが本気で私のことが好きみたいに思えてくる。
やめて。
「……は、…はい。ごめんなさい。」
「ふふっ。分かって頂けると助かります。」
厳しい空気だったが、バーボンが優しく彼女に微笑むだけでその場が柔らかくなった。
バーボンは再び私の方に向き合う。
「…お仕事が出来てしまいましたね、本当は貴女を好きと言う男の元へは連れては行きたくないですが、仕事ですし送っていくので出ましょうか。」
ちらっとハムスター娘の顔を見る。
悔しそうで、必死に耐えてはいるが今すぐにでも泣いてしまいそうな顔。
そりゃそうだ。仮にも好きな人から拒絶されてしまったんだから。
不本意だけど………気持ちはわかるから、せめて
「いいえ。透はここに残って。まだ食事が残っているわ。それに、……透にしか出来ない事、あるんじゃない?」
私の目をじっと見つめられた。
私の真意を確かめるみたいに。
「………わかりました。」
「………。え、私、本当に透さんと……?」
余計なお世話だ、って思ってるかもしれないけど、あんた1人よくても周りを不幸にしたらダメでしょ。
「……みんな一緒に、じゃなきゃね。…じゃ。また後で。」
最後にハムスター娘に私の"本当"の笑顔を見せた。
恋敵的な立ち位置にいる私に微笑えまれて、少し狼狽える彼女だったが、
すぐに笑顔を返してくれた。
私は部屋を出て、スタッフさんのとこに行く。
「あの、素敵な着物ありがとうございます。お返ししたいんですけど、クリーニングとかしてからの方がいいですよね、」
「いえ。このお着物はうちの物ではありませんよ。ふふっ。お礼ならお連れの方にした方がいいと思います。この着物、かなり良いものですよ。愛されていて羨ましいです。」
「………そう、なんですか。…ありがとうございます。」
着ている着物をじっくりと確かめるように見た。
これ………バーボンの自腹なんだ。
あげるなんて言われてないから返すべきだと思い、さっきまで居た部屋の前に戻る。
だって勝手に持って帰ったら、図々しい奴だと思われてネチネチ文句言われそうじゃない?
襖をゆっくりとほんの数ミリほど開け、中の様子を伺う。
ハムスター娘とバーボンは思った以上に打ち解けていて談笑していた。
「………これは、……」
入れないわぁ。
邪魔者の私が入れば彼女はまた気まずくしてしまうし、
女に、しかも仮にも恋人に渡したものを返すなんてバーボンには男としてのプライドを傷つけてしまうことになる。
「……仕方ないよね、」
再び着物を見る。
触って、目の前にある鏡を見る。
「意外と似合うのよね、私」
バーボンのチョイスもあってかなりイケてると思う。
電話で秀一の声を聞く限り、あの様子結構怒ってたと思う。
でも、その怒りはバーボンに対する嫉妬のはず。
これはヤキモチ、もっと焼かせられるチャンスじゃない?
あの冷静沈着で、いつも私ばっかり焼いてるんだから、焼かせてみたい。
どんな風になるんだろう?
一番の願いは甘えてほしい。
いつも私が甘えてるから「菜々、どこにもいかないでくれ。」くらい言わせたら上出来だよね。
だからそのままの格好で秀一の元に向うことにした。
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