「ーーーーーん、……ぅん、」
頭の芯が痛い。
そして、頭蓋骨の辺りが脈を打つ度にズキズキと痛み始める。
これは、疑うことなく二日酔いだろう。
出来るだけ頭を覚醒させようと伸びをして右目を擦って……凍りついた。
見覚えのない部屋、ダブルのベッドには安っぽいピンク色のベッドカバー、そして私はなんと……ブラにショーツ姿。ほぼ全裸に近い形でそこにくるまっていた。
「……は?!え、!?」
もはや反射で胸や頭を抑え、その焦りに近い感情を無理矢理落ち着かせる。
咄嗟に辺りを見渡し見えるのは大人の玩具(オモチャ)の販売機……ということは、ここは安いラブホと見て間違いない。
でもいつ、そして、何故ここに入ったのか全くもって思い出せない。
由々しき事態だ。
「ヤバイ………」
久々の大失態。
いくら失恋したからって笑えないぞ?これは流石に。
なら相手は誰だ?まさか知らない人でもお持ち帰りしちゃった?……それでもせめて、人数くらいは知りたい。
隣にいない影を考え探していると、恐らく風呂場に繋がっているであろうドアがガチャリと音を立て開いた。
「え?だれ?………!ってあ、赤井秀一?!」
何故少し疑問気味になってしまったか。
なぜならそれは、元あった赤井さんの長い漆黒の髪が短くショートに切られていて、一瞬別人の様に見えたからだ。
「なんだ目が覚めたか。……、どうした?随分驚いてるようだが、安室くんだとでも思ってたか?」
「…え?あ、いやそうじゃなくて、髪、切ってたから別人に見えて……ってまさか自分で?」
「まあな。アレだと酷く目立つんでね。まぁそれ以前にゲン担ぎでもあるが……余り気にしないでくれ。」
その変わりように驚きが隠せなかった私だけど、ちゃっかり"今の赤井さんも好きだけど、前の赤井さんも良かったのに"なんて思ってしまったのは本当に都合がいい。
でも、一つどうしても腑に落ちないことがある。
「ねぇなんで私はココにいるわけ?しかも貴方と一緒に!」
キッと赤井さんを睨む様にして顔を見る。
すると赤井さんはハァーとため息をつき、こちらにゆっくりと近づいてきた。その行動に私は少し身構える。
「どうしたもこうしたも、君が出て行くから、探しに出たんじゃないか」
「でも、なんでこんなラブホなんかに…?」
「それは俺がお前を連れて帰る為におぶった時にお前はずっと騒いだままだったし、おまけに君をおぶってるのは………まぁ、ハタから見れば人相の悪い長髪男だ。イヤでも目立ったんだ。それに急に出かける羽目になって所持金もさほど持ってなかったしな。」
それはなんか、悪い事しちゃった。そう単純にも思ってしまった私は自然と謝罪の言葉が出た。
「ご、ごめん。……でも、それ以前に私探しに来てなんて言ってないし。余計な事しないでよ。」
「……あまり吠えるな。まるで昨日とは別人だな。昨日は可愛かったのに。」
ビクッ!
「か、可愛かった、ですって?」
「ああ、全く覚えてないのか。」
「昨日って、……。」
昨日といえば、あの後、赤井さんのマンションから飛び出した後、
ーーーーーーーーーーー
ーーーーー
カランカラン………
魔法の国そんな表現がピッタリなこの場所。何時も私の嫌な事を一時的でも消してくれる店。
品のある小さな照明が天井からぶら下がっており、基本的にお店は適度に暗く、そしてテーブルに置いてある、揺らめくキャンドルの炎が、よりいっそうムードを引き立てていた。
シェーカーが振られたり、グラスが触れあったり、製氷機の氷をすくうゴソゴソという音がしたりする後ろでは、英語のBGMがいい具合に溶け合っている。
この曲は知ってる。確か……そう「Don't know why」だ。
私は訪れた。……前に"ライ"と来たことのあるこのバーに。
別に私は思い出を懐かしんでココに来たんじゃない。
ただ本当にお酒の力を借りたかっただけ。お酒を飲みに来たって言うより、飲まれにきた。
「いらっしゃいませ。菜々さん。今日もヴェスパーになさいますか?」
普段からよくここには来るから、このバーテンダーとも知り合い。
「ううん。今日は……オールド・パルを頂戴。」
「へぇ……珍しいですね。」
「まぁ、飲みたくなちゃって、」
ーーーー
「ねぇ、おかわり頂戴。」
「はぁ〜。菜々さん。またですか?……いや、僕は経営的には大歓迎ですよ?でも、僕の大事なお客様ですからね。で?一体何を叶えて欲しいんですか?」
「………。」
つい、色んな強めのお酒を頼んだ後に何杯目かのをオールド・パルを頼むところだった。
「あのですね?菜々さん。昔、貴方に酒言葉を教えたのは僕です。そして菜々さんは凄く興味を持ってくれていっぱい覚えましたよね。オールド・パルは“思いを叶えて"です。当然それを貴方も知っている。で?先程も言いましたが、何を叶えて欲しいんです?」
フッと自分をあざ笑うかのように自笑をした、
「貴方にはバレないように色んなお酒を頼んだのに。………叶わない恋をしたの。どうせお酒を飲むなら、せめて神頼みならぬ、酒頼みでもしたくなっちゃったってワケ!」
バーテンダーの顔を見るとギョッと目を見開くように呆然としていた。
「…え、え!?菜々さん…が失恋?ちょっ、笑えないですよ。」
「私の方が笑えないわよ。」
「あーー。それって……もしかしてその彼って前一緒にココに来てた長髪の男ですか?」
「……違うし。それよりお酒!お酒を持ってきなさぁい!あ!貴方の分も買ってあげるからガンガン飲みなさい!」
「ハイハイ………てかもう菜々さん酔ってますよね…ほどほどにして下さいよ…」
あぁ。そこから私は記憶がない。
「あの後どうなったんだっけ…」
「…まぁ、あの店から連れ出したのは俺だがな。前にお気に入りだと言っていただろう?」
へぇ、覚えててくれたんだ、
「ところでさ、……でもなんで私は脱がされてんの?」
「それは少し語弊があるな。俺が脱がしたんじゃない。菜々が自分で脱いだんだ。」
へっ?
「わ、私が………?」
「菜々は覚えて無いかもしれないが、………泣きそうな顔で俺に、抱いてくれと。最後の思い出にさせて。と言ったんだ。」
私が…そんなことを?
これでも、お酒の訓練はジン達とよくしてたから自分の限界は理解してた筈なのに。
「私が……貴方に抱いてくれと縋ったの?あり得ない!嘘よ!私の記憶が無いからって貴方の都合の良いように言わないでよ。」
「まあ君がそう思いたいなら……それでいいさ。」
なんか、赤井さんは嘘をついてなさそう。
「………ヤったの?」
恐る恐る聞いてみる。
すると赤井さんはニヒルな笑みを浮かべた。
「ふっ……聞きたいか?」
いやぁぁぁ。なんであんな酔ってしまう程飲んだのよ!
「うっ…やっぱいい。聞きたくない……」
「くくっ……安心しろ。確かにお前は俺にキスまではしてきたが、途中でお前はコロッと寝てしまったよ。まぁ、お陰で俺はお預けを食わされたけどな。」
「……キス、したの?しかも、私から……?」
思った以上に重症かもしれない。
「もうお酒自重しよ…」
「やっと今だから言えるが、酒はあまり飲み過ぎるな。身体に悪い。それに君はまだ未成年なんだから。」
「なんでそれまだ覚えてるの?!」
「あのな?君に前に言ったが俺は"初めて会った時から"菜々に惹かれてるんだ。君の事は何でも覚えてる。」
"初めて会った時から"……?
それって、私が14よね、
「……ロリコンなの?」
「……違う。俺はロリコンなんじゃなくて、菜々という存在に惹かれたんだ。たとえ君が何歳であろうと恋に落ちていた。」
「は?」
今この男は何と言った?
「だから、俺は初めて会った時から菜々に恋をしてしまったらしい。悪いが俺は諦める気なんでさらさらないんでな。………勿論菜々の気持ちもお酒に飲まれて素直になってる時に本心はもう菜々の口から聞いたんでね。もう手放す気なんてないだが。」
「す、好きなの…?私のこと、」
「ああ。好きだ。君は信じられないかもしれない。だから俺が一生をかけてそれを証明してやる。だから俺を信じろ。」
信じろって……。正面切って言われたこの言葉は、
衝撃的過ぎた。
それ言われても……私は、
「とても素敵な言葉だけど…だめ。私は組織の人間。甘い言葉に騙される訳にいかないの。私は貴方の心を見ることは出来ないんだもの。それに……ただでさえ貴方は組織に狙われてる。お互いに近くに居るべきじゃない。」
「もちろん君はそうい言うだろうと思って俺も考えてきたよ。………菜々。俺と契約をしろ。」
赤井さんはベッドの上に今だいる私の目線に合わせるようにしゃがみ、そしてその手を流れる動作で私の頬へとおいた。
私はその獲物を定める様な目を逸らせなかった。
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