Rojo | ナノ

Rojo

たまに揺れる不快でない振動。私は窓のほうに身体を捻り、窓ガラスに肘をついて顔を支える。流れていく夕陽に染まった景色を見つめて。

次々と後方へ流れてく景色には、建設中のビル屋上に設置された巨大なクレーン。連なる、これといって特徴もない建物。空に浮かぶ航跡雲もすべてが同じ速度で。

真っ白なRX-8の車内に男女2人。
私には隣でのうのうと運転しているこの男に物申したいことがあった。

「バーボン、貴方性格変わりすぎです。」
「え?あぁ。もしかしてまださっきの事根に持ってるんですか?でも、ジン達にヴェスパーと僕が知り合いだと思われるのは避けたかったんですよ。上手くいって良かったです。」

組織の建物で初めてバーボンと会った時の事を思い出す。…なぁにが、『"はじまして"。僕のコードネームはバーボン。ですが、もし人前で呼ぶ時は安室透と呼んで下さい。』よ?勝手に初対面設定にされたこっちの身にもなりなさいよ。

「別に、私と一緒が嫌なら他をパートナーに変えてもらってもいいんですよ。」
「いえ、嫌じゃないので結構です。あと、その敬語。やめてもらっていいですか?パートナーなら、なおさら対等にいきたいので。」
「……なにそれバーボンも敬語じゃん。」
「僕はいいんです。癖なので。それに…、」
「それに?」

"貴方と対等になれるその時までの我慢"だから、

その言葉はバーボンの口から出ることはなかった。

「いえ、なんでもないです。さぁ着きましたよ。東都ホテルです。」

東都ホテルーー
そう。この場所は初めてライと会った場所。正直あんまりいい気はしない。
だって、………折角ライとの色んな"初めて"が詰まった場所なんだもん。そんな思い出のある場に…人を殺す為に再び訪れたくなかった。

「ヴェスパー?降りないんですか?」

紳士らしく助手席に回りドアを開け、手のひらを私に差し出して待っている状態のバーボン。

「…勿論降りるわ。それとバーボン。人が周りにいる時は私の事は名前で呼んでちょうだい。神崎さんでも、呼び捨てでも構わないから。」

バーボンの手を取って立ち上がろうとした時に周りに聞かれても困らないように今後の以降を伝えた。

「分かりました。では、菜々さんと呼ばせてもらいます。」

両足を地に着けた瞬間、息もつかないうちに少し力を入れた手で引っ張られた。
すると突然の事だったので、自然にバーボンの胸板に顔をおくことになってしまった。

「!ちょっ、何バーボ…」
「ドレス。とても似合ってます。きっと会場の男どもは菜々さんに夢中になるんでしょうね。それと僕の事も名前でお願いします。呼び方はお任せしますが、"安室さん"より"透"の方がオススメですよ。」

ニコッと微笑んだ彼の顔には、言葉の通りに思っているとは思えないほど目は微笑んではいなかった。
その目が私には少し怖かった。

「……安室さんでいいわ。」

サテン生地の赤いホルダー・ネックのカクテルドレス。スカートはふんわりしたものではなく、タイトスカートのような大人っぽいデザインにし、そして髪も綺麗に巻いて右サイドへ流した。

実はこの任務が終わった後は"彼"に会いに行くつもりだったから、少し背伸びをしてこの色と同じ名前をもつ彼に少しでも近づきたかったのだ。

恐らくバーボ……いや、安室さんは、私がなかなか降りなかった理由は、ドレスが似合って無いんじゃないか?とか、任務前で緊張しているんではないか?と危惧して気を遣ってくれたものだろう。

目とこの人の仕事の時の雰囲気は怖いものが感じられるけど、気は使ってくれているのかもしれない。

全く。この人が分からない。
優しいと思ったら、実は憎たらしい男だったり。
冷たいと思っても、気は使ってくれていたり。
「あ、どうか、くれぐれとも僕の仕事の邪魔はしないで下さいね?」

前々撤回。

「そっちこそ。私の邪魔はしないで。」

ニヤリとまるで悪人のように笑うバーボン。今朝のホストのような甘い笑顔の彼はもうどこにもいない。
やっぱりこいつは優男なんかじゃない。

ーーーーーーーーー
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グラスのぶつかる音、シェイクする音、ライターをつける音、客たちのおしゃべりな声、笑い声、周りがガヤガヤとにぎやかな中に私達はすんなりと入っていく。

会場のほぼ真ん中辺りで、安室さんと向かい合った。

「それでは菜々さん。2時の方向に一匹の臆病そうな羊さんがいるようなので、可愛らしいワンちゃんになって構って来てあげて下さい。」
「……。」

安室の例えがなんか普通の人とかけ離れてるんですけど。
ジト目で安室を見上げる。

「そんな顔しないで下さいよ。綺麗な顔が台無しですよ?」

といいながら安室は私の頬を一撫でし、そのまま伝って、耳元に手が行ったと思ったら耳の中に何かを入れられた。

……インカムだ。

インカムとは、よくスパイ映画であるように、耳に入れて使うヘッドフォンとマイクが一つになっている機器で、受話器などを持たず手ぶらで通話を行える優れものだ。

「……へぇー。手慣れてるのね。」

"女性扱いが"と目で安室に伝える。
すると安室は周りの女性を虜にさせるような笑顔でニコッと笑うと、

「勿論。菜々さん限定です。」

なんて言ってきた。
………キュン。ってキュンじゃない!キュンじゃ!これは表の顔じゃないんだから!ってああ"〜!もう!

「…このフェミニストめ。」

それだけしか、言えなかった。

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「ゴードンのジンを3にウォッカを1、キナ・リレのヴェルモットを1/2の割りを。氷みたいに冷たくなるまでシェークして、それからレモンの皮を大きく薄く切ったやつを入れて頂戴。」

今回のターゲットさんの近くにいるバーテンダーにそう伝えた。

「"ヴェスパー"ですね。ははっ。まさかこんなところでその名前を聞くとは。」

「こんなところだからですよ。」

マジで羊さんみたいな雰囲気をもつはこの男性は私に話しかけてくれた。うん。いい展開ね。

「ヴェスパー、お好きなんですか?」
「ええ。映画の大ファンでもあるのだけど、あの独特の味と風味にやみつきになっちゃって。やっぱりこんな高級なホテルならキナ・リレもあるかなって。」
「正解のようですね。」

実際に時計を見た訳ではないから分からないが、気持ち30分程度経ったころ、耳元からバーボンの声が聞こえてきた。

「菜々さん、いい感じのワンちゃんです。でも……そろそろ夢見る羊に悪夢を見させてあげて下さい。僕も2人の後を付いて行きますから安心して下さいね。」

耳元で声が聞こえる。
長かった時間もこれでお終い。

「……ハイハイ。狼さんの仰せのままに。」

小さくそう呟いた私は、自分の体をテーブル、私、この人という順になるように体を入り込ませ、後ろに置いてあるこの人の手に私の手をゆっくりと重ね、耳元で呟いてやる。

「でも。私もっと、貴方の事知りたいの。このホテルの部屋とってるんでしょ?ねぇ、一緒に行っていい?……お願い。」
「…はい、勿論です。」

簡単に羊さんが落ちてくれて良かったわ。今までにあまりないタイプだったし。はぁ。もうさっさと部屋に行って、情報盗んで、この人殺して帰ろう!

「菜々さんはまるでホストみたいですね。するりと人の懐に入って簡単に懐柔する。会って数秒で相手を虜にする様は本当に素晴らしいですね。」

耳元で聞こえてきた言葉に体がピクッと反応した。
「……嬉しくないし。」

せめてキャバ嬢にしてよ。
そう呟いた言葉に安室はまた笑った。
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