スマホの電源を入れ、時間を素早く確認する。
………9時34分…
こりゃヤバイ。シェリー絶対怒ってる
だってLINEで「遅い」とか「今ドコよ!?」とかめっちゃ来てるし、
何時もなら多少の遅刻なら許してくれる彼女だが、……流石にジンの"おかげ"で急ピッチに薬の研究を進めないといけなくなったので、シェリーも地味にイライラしてるのだ。
まったく。八つ当たりは勘弁してくれ…
急いで服を着替え、お気に入りの香水をつけ、準備を済ませる。早く出よう!と玄関に向ったが、
ピンポーン
ふと、マンションのチャイムが部屋に響く。
ゆっくりとしたチャイム音に逆らって菜々の焦ったような心臓の素速い鼓動がまさに苛立ちを表していた
「ッチ、今から出ようってんのに一体誰?……はーい。今出まーす!」
最近何かを買った記憶はない。
だから配達とかは無いんはずなんだけど。私の家知ってる人って割と少ない筈だし。
バタバタと廊下を駆けてドアを開けると、そこにはめっちゃイケメンの男性が何やら手荷物を片手で持って立っていた。彼の顔に一切見覚えはない。
金髪で碧眼、浅黒い肌に整った容姿。
イケメンだなぁ。誰もが彼に対して思うだろう感想を私も思った。…だからつい出来心で彼の職業ってなんだろう?なんて考えてしまった。
やっぱドラマだとホストだね。そっちのが萌える。いや、でももしかしたら………案外、借金取り?とか……ってな訳ねぇか。まず私誰にも借金してないし。
「あのすみません?私急いでるんで、要件ってなんですか?」
急いで無かったらゆっくり話を聞いてやらんでもないけど、…タイミングっていうもんがね?ちょっと悪かったというか。
少しの罪悪感を感じていると、目の前の彼がハッとしたように話し始めた。
「…っ、お忙しいところすみません。安室透と申します。実は昨日神崎さんの隣に越してきたので、挨拶にお伺いしたんです。本当は昨日の昼頃にも一度来たんですが、どうもいらっしゃらなかったようだったので。」
そう言いながら手に持っていた荷物をどうぞと渡され、有難く頂いた。
「あ!なるほど。どうもありがとうございます…えっと、神崎菜々です。こちらこそすみません!引越しをされてきた方でしたか!……そうとは思わずついちょっとだけ勘違いをしちゃいました、ははは…」
あぁ!新お隣さんでしたか。
てっきりホストか借金取りかと思ったわ。
「へ?…あの、その勘違いって……?」
「あ、いや何でもないんです!気にしないで下さい…」
ハハ…間違っても、借金取りかと思ったとは言えねぇわ。
って時間!時間だ!なんか和んでたけどそんなヒマ私にはない!
「あ!じゃあ、これで!」
「お仕事……ですか?」
「ええ。だから急いでて。」
元々用意していた荷物を片手にドアに鍵を掛けながら安室さんに対応をする。
「そうでしたか!では、お気をつけて!」
安室さんの声なんか右から左へ受け流していた私は、背中で受ける安室さんの熱い眼差しなんかに一切気づくことはなかった。
ーーーーーーーーー
ーーーー
こっちに来てほんの二時間程度だろうか?
少し機嫌の悪いシェリーと共に研究をしていると、突然アポもなしにジンが私達の研究所へ足を踏み入れた。いや、アポなしは何時もの事なんだけど、正直嫌な予感しかしない。
「…あら?なんの用かしらジン?貴方のせいで急ピッチに研究を進めているのよ?」
シェリーが喧嘩を売るような言い方でジンに突っかかる。
おいおい…。さすがにジン相手にその言い方はヤバいよ、シェリーちゃん。
「おい。ヴェスパー。俺について来い。」
そんなシェリーの言葉を一切聞かず、私に声をかけてきた。
すると、必然というか、当然ながらと言うべきか、シェリーの堪忍袋の緒という名の糸が切れる音がした。
「ちょっと!無視しないで頂戴。それにヴェスパーは優秀な人材なの。彼女が抜けたら効率が下がるのよ。貴方の為にしてる研究なんだからせめて邪魔はしないで頂戴。」
あぁ!シェリー!そこまで言うのはマジでヤバいかも…。
「ああ"?うるせえアマだな。いいか。これはあのお方のご命令だ。邪魔をするなっていうのはお前じゃなく俺の言葉だ。分かったらさっさと仕事に戻れ。ただでさえヴェスパーがいなくて効率が下がるんだろ?さっさとしろ。」
絶対零度のような鋭い目でシェリーを睨む。シェリーもあのお方の命令だと知ると仕方なしに下がるしかないようだ。
私はおとなしく砂糖+ミルクたっぷりのコーヒーが入ったビーカーを置き、パソコンをシャットダウンする。
一度小さく、バレない程度にため息をついてから、重たい腰をあげた。
「ジン?私にはなんの命令が下ったの?……シェリーの言う通り私忙しいんだけど…」
「ふん。あんなもんシェリーに任せとけ。」
貰えた言葉はたったそれだけ。
あんなもんだって?
知らねぇだろ!あんなもんでも、すげーんだからな。
言ってやりたいけど、………ため息に変えた。
どうせ言っても通じないんだから。
でも、私に何の用なんだろう?
組織に入ってからやむなく始めた暗殺業。私は研究があるから他の仲間よりは少ない方。でも、慣れてきたこの感覚は私が"異常"になってきた証拠でもある。
「お前は今日からある任務に当たって貰う。………だが、今回はお前1人でじゃない。」
「へ?それって、どういう…」
ジンが歩きをやめ、ある大きなドアの前で立ち止まった。
「この中にいる奴が、暫くお前の相棒だ。」
そう言ってジンはそのドアを開けた。
部屋に入ると椅子にある男性が座っていた。
色黒で、金髪で、……イケメン。
そう。その彼は二時間前会った、私の隣に引っ越してきた男だった。
ゆっくりとした優雅な動きで立ち上がり、こちらへ躊躇いもなくやってきた。
「…あなた…!」
「バーボン。これが、僕の名前です。」
あの時とは違って、鋭い目に、優しさとは違う……企みのあるような笑顔。一瞬で二時間前の彼が仮の顔なんだと悟った。
厄介な男がパートナーになった。
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