午後8時頃。
凛とした静けさが街を包み込みこみ、夜空には重たげな空気が周りを支配していた。
異様に大きい雲も月をその背後に隠し、その雰囲気に手を貸している。
暗黒のベールに包まれるようにして、ある白い車の中である男と女が密会をしていた。
女もといーベルモットーが携帯の画面を男に見せる。
《この車に盗聴器、発信機はついてないわよね?》
誰にも邪魔をされたくない。それは月にでさえも。と女の心を表すようだった。
男が何か特殊な機械らしきものに電源を入れる。
だが、その機械が示した答えは"異常なし"
いかにこれから重要な話しをするかが伺える。
「話って何ですか?貴女が携帯では盗聴される可能性があるから。と言ったからこうして会っている訳なんですけど。」
「だから言ったでしょ?バーボン、貴方に頼みがあるって。」
ベルモットは窓の桟に肘をつきながらもたれ掛かかる。
「へぇ。"秘密"の頼み事をされるほど信頼されているとは思っても見ませんでした。」
「バカね、別にしてる訳じゃないわ。これは単なる契約に過ぎないんだもの。」
バーボンは何処か楽しげな目でベルモットに突っかかる。
秘密主義者がここまでして自分にしたがる契約とは何か?
好奇心と緊張感が心を支配する。
「契約にそこまで徹底ぶりを見せるなんてよっぽどなんですね。で?その内容とは?」
聞いたら最後、「引き受けられない」と言えないことはバーボンだって承知済み。
それを分かった上でベルモットは意を決したように話し始めた。
「菜々……いや、ヴェスパーとは顔見知りかしら?」
「いいえ。実際は会った事も見たことも無いですが、噂では良く耳にします。シェリーと並ぶ医学の天才、そして……ジンのお気に入り、ですよね?」
その女がどうした?
まぁ、恐らくベルモットからすれば女として面白くないんだろう。
嫉妬から来る暗殺か?それとも拷問とか?
あらゆる考えを巡らせる。
だが。ベルモットが出した内容は全く的外れなものだった。
「悪いけど、その推理は間違いね。…バーボンには菜々のシャドウ、つまり"影"になってもらうわ。」
「は?え、"影"ですか?」
影だと?
「そうよ。まぁ、簡単に言ってしまえば護衛。あの子異常にモテるから。」
「まさかそれが契約じゃないでしょうね?」
昂ぶっていた気持ちが一瞬にして冷めた。たったそんだけの為に自分は呼び出されたのか?
そう思うと一種の怒りさえも感じる。
「ふっ。話はまだよ。最後まで聞きなさい。護衛っていっても組織の人間。特にジンには絶対バレては駄目よ。それでは"影"の意味が無くなる。」
「というと?僕にストーカーをしながらヴェスパーを護れと?そんな事をしてたら逆に僕が逮捕されますよ。」
それに組織にバレずにって不可能に近いんだけど。
「とりあえず、あの子とは一週間後に会ってもらうわ。そしてあの子の家の隣に住んでもらう。そこで契約成立。」
引越しか。正直面倒だな。
にしてもそこまでするって、
「ストーカーにでもあってるんですか?ヴェスパーは?」
「赤井秀一。」
「……!」
突然ベルモットからあの忌々しい耳障りな男の名前が出た。
何故今そいつを出す?
「あの子。今、彼と結構仲良いらしくてね。もしも関係が組織にバレた時の為の保険よ。」
「保険?ベルモットは結局僕に何をさせたいんですか?」
「それは……まぁ、時期が来たら分かるわ。とにかく貴方はヴェスパーを護ってくれればいい。」
それって、僕にヴェスパーと赤井の仲を護れと?
「ベルモットは僕が奴を憎んでる事を知ってる筈だ!なのに、なのに何故、奴の恋路を応援しろだと言うんですか!?ふざけるな!」
感情的になったバーボンにベルモットは冷静に対処した。
「落ち着きなさい。誰もそんな事言ってないでしょ。赤井秀一がどうなろうと私には関係ないけど、あの子が自分から人に歩み寄ろうとした小さな一歩なのよ。
私にはその一歩を護る必要があるの。」
どういうことだ?
「………ベルモットはヴェスパーの裏切りを手助けしようとしているのか?」
「裏切り?ふっ。菜々は知らないわよ。赤井がFBIの人間だって。それに、菜々が選ぶ道に私が指図する必要はない。」
「…ベルモットがそこまで言うなら。乗ってあげます。ただし。契約ならフェアにいかなくては。こちらの条件も呑んでもらいますよ。」
「ええ。もちろんよ。……何が欲しいの?」
見返りはきっちり頂きます。
僕がgiveだけで終わるわけないでしょ?
きっちりそれだけのtakeをもらいます。
「貴女です。貴女のその変装術、広い人脈、頭脳を僕の為に無条件で使って下さい。」
「いいわ。これで契約成立よ。」
この時はまだバーボンには内面的な余裕があったが、
それがいとも簡単に崩されるとは思いもしなかった。
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