Rojo | ナノ

Rojo

一週間もしなかった。

誰かを認識することが難しいくらいに薄暗い空気をまとった夜道に蝙蝠が出番だとでも主張するかのように飛び回っている。
なんの前触れもなく、頭上の外灯が突然ばちっと音を立て、切れかかった。空に目をやれば、月が雲と闇に支配されかかっていた。

「はっ……はぁッ……、」

子供を抱え、銃傷だらけの母親が荒い息を吐き出しながら夜道を必死に駆け抜けて行く。
誰かに追われているのは、一目瞭然だ。
だが、走っている途中に足が絡まり始め上手く走りにくくなっていることからももう限界に近いことを伺える。

それでも護るべき娘を抱え必死に逃げていた母親だが、
もうこれ以上逃げきれないと悟り、必ず守ると誓った幼い子供だけを下ろし、銃を持たせてからその子のみを先に行かせようとした。

「菜々っ!早く行きなさい!有希子のところに行って!逃げて!」
「っえ?お母さんは!?早く一緒に逃げようよ!今度は私がお母さんを守るから!」

幼い手が母親のスーツズボンの端を握りしめ、引っ張って逃げるように促している。この手を離したくなかった。怖かった。離したらもう絶対に再開は出来ないと心から思い、身体がぶるぶると大きく震えた。

「……ゴメンね。菜々。毎日辛い思いさせちゃって。だけどね、いつも貴方のことを思ってるのは本当。……愛しているの。だから…あなただけは守らせてね。」

母の一瞬困ったように笑った顔が目に焼き付いた。
時が止まったかのような時間。されど一瞬。
その一瞬の時間を私は永遠に忘れない。
早く行け!と言わんばかりに強く子供の背中を押した。
母親は懐からもう一つベレッタを取り出し、来た道をゆっくり引き返し始めた。
泣きそうな顔を食いしばり、死への恐怖、対峙する恐怖、もう数時間しか残されていない恐怖、全ての悲しみを一気に引き受け、一つの命を守るために運命に向き合った。
私に将来あの姿と同じことができるだろうか?
絶対にあの華奢な後ろ姿を忘れることはない。

怯えていた私だけど、
私と同じ髪の色をもつ逞しい母の背を絶対に忘れないだろう。

あまりにも早すぎる親離れを強制的にされてしまった菜々は自分にのしかかる恐怖に怯えながら無我夢中で工藤邸に向かって走った。
幼いながらに母親の無残な結末が分かってしまい、目に大量の涙を浮かべた。

ようやく一回り大きな家を見つけ、頭を一度冷静にしてから神経を集中させ、周りは自分のしか気配が無い事を確認してから工藤邸の呼び鈴を鳴らした。

ピンポーン……

さっきまで異常な焦りと緊張感があったのに、
何時もの耳に馴染んでいる音がやけに現実味を帯びていて、こんな真夜中に呼び鈴を鳴らしたことへの戸惑いと罪悪感が場違いにも一気にこみ上げてきた。

「…はぁーい?どなたかしら?」

ガチャーー

こんな遅くに尋ねて来たのに文句一つも言わず、何時も通りの有希子の顔を見て今まで考えてきたことがすぐにどうでも良く感じた。

「っ!ゆきっ……ちゃん!…お母さんがっ!!」

有希子の脚に強くしがみ付いた。
菜々の酷く震えた身体と声に有希子は勿論、後ろで様子を見ていた優作も全てを理解した。

あぁ。遂に来て欲しくもないこの日がやって来てしまったのだと。

呼び鈴の音と玄関の騒ぎで気になった新一も降りてきた。

「母さん?なんかあったのか?」
「……。ごめんなさい。新ちゃんが、ゆきちゃん達が危険になっちゃうね。もう行かなきゃ。」

あくまで冷静なフリをして有希子から離れた。もう二度と大好きな人達を死なせたくない。
アテはないが、この人達を危険には晒せないと思って、走り出そうとした。
だが、一寸早く有希子が菜々の左腕を掴み、抱き寄せた。

「菜々ちゃん!行っちゃダメ!行かないで!大丈夫よ。莉々は、菜々ちゃんの事はバレてないって言ってたから。だから……安心して?ココにいていいのよ。」
「……有希子。中に入ろう。外にいては危険だろう。」

優作の言葉もあり、ハッとした有希子は開けっ放しだった玄関のドアを閉じ、有希子は菜々を支えながらソファーに座った。

いいのよ。大丈夫。大丈夫だから。
有希子は、菜々に言い聞かすというよりも自分に言い聞かすように言い続けた。
大好きな親友が死んだ日。
冷静ではいられなかった。
親友が残した唯一の忘れ形見。
一生守り抜きたい。チカラになりたい。と、強く感じた瞬間でもあった。

新一も事のデカさを雰囲気から察し、
菜々に急いで近寄った。

「菜々?……菜々!」

何度呼んでも答えず、何かに耐えるように涙を流さない彼女は、何時もの明るい姿は無かった。
目を離した隙に何処かに行ってしまうんじゃないかと新一に不安を扇いだ。
今にも死んでしまうかと思った。

「菜々。………泣けよ。何があったのか俺にはよくわかんねぇ。けど、泣きそうなくせに我慢すんな!
俺がおめーを受け止めてやっから。何があろうが、ぜってぇおめーを守るって誓う。」

新一は私の顔をきつく抱きしめた。
新一の体温と、いつもより響く少し低い声。
新一の声が、一番頭に、心に響いた。

お母さんの嫌な予感が的中した日。

大人よりもたった10歳の子が私をドン底から引っ張り上げてくれたのだ。
恐怖と戸惑いにより人前で泣く事の恥ずかしさなど、もはや考える余裕すらなかった。涙は勝手に溢れ、ノドが焼けるようにアツイ。
あったかい体温が欲しく、目の前の彼の胸に縋り啼泣した顔を擦り付けるように埋めた。慟哭する震えた少女の姿が酷く刹那なく映った。

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