教師をやろうと思った切っ掛けは「子供が好きだから」とかいった理由だったかもしれない。かも、とつくのは教師を目指していた当時の自分であって、今はそんな思いがあるかと言われたらそうかもしれないけど、過去の自分よりは確実にその度数は下がっている。
だからと言って嫌いな訳ではない。今でも続けているのはこの仕事にも楽しさを見付けられたから。
大変なことだって勿論ある。人を相手にしている職業、しかもまだ未成年の子供を相手にしているのだ。多感なお年頃は特に扱いが難しく、個々の性格はてんでバラバラ。いっそのことロボットにしてくれと何度願ったことか。ケンカはするわ校則を堂々破るわ(飲酒とかそういったことね)机が乱舞するわ授業中脱走するわ三階から飛び降りるわ。一教室だけの出来事であっても他の教室でも同じようなものだ。


「…」
「おーい黒崎!」
「一護、おい一護?」
「く、黒崎くん?」


パタン、と軽く叩いたオレンジの頭。気配もなにも感じず、今もなお仲良く机と熱烈キスかましているのは最近なにかと話題な彼であった。


「…起きろー、黒崎ー」


今度は教科書の角で軽く。さっきよりも痛そうな音がなり、死角にいる何人かが「げ、」と声を漏らす。角を乗せたまま様子を見るが、彼はかなりいま使っている机が心地いいらしい。オレンジは全く起きない。
これ以上は流石にできないから、私は素直に教科書を退ける。不安げな表情が突き刺さるなか、黒板に戻る最中、ぱっと閃いたことを聞こえる程度の声で呟く。


「あと五分以内に黒崎が起きなかったら全員章末問題宿題ね」
「くぉらテメェ一護!俺達のアフターファイブを汚すんじゃねぇ!」
「黒崎ー奢ってやるから起きてくれよー頼むよー」
「黒崎くん!今日バイトラストまであるの!お願いだから起きて!」
「……そんなに嫌かぁ?」


見事なまでに拒否反応を示す生徒たちに思わず力が抜ける。やれバイトだのやれデートだのやれ遊ぶだの、彼らが全力で青春を満喫しているようでいいんだけどさ!
まあ、最後は隣の椅子に座っていた朽木が何だか強烈な方法で黒崎を起こしたが(開口一番「イテェ!」だもんなぁ…)、一時の渦中にいた寝ぼけ眼の張本人は何も分かっていないようで、のんきに「今ドコっスか?」と訊いてくる。マイペースというか図太いというか。


「じゃ黒崎、あとで私のとこ来なね」
「黒崎がなまえちゃんにお持ち帰りされたー!」
「達者でな!黒崎!」
「イッチッグォウ!てンめェ…羨ましすぎる…!」
「く、くくく黒崎くんが、お、おもおも、お持ちかえ…っ!」
「姫っ心配しないで!姫の純潔はあたしがお持ち帰りす、」
「どさくさに紛れて問題発言すんじゃねぇ!」
「あーもー、別に君らも来ていいから。ほら、顔こっちに向けなさい。章末問題やるから」


やんややんやと騒ぐ教室内。いろんな声が飛び交うなかで、黒崎本人はというと周りの冷やかしのような言葉にムキになって返していた。こりゃ、越智さんじゃないと扱えないわけだ。
先程宿題と言っていた教科書の章末問題を黒板に写すとまたもあがったブーイング。宿題にならなかっただけまだマシだと思ってもらいたい。はいはいはい、と宥めながら半分だけ写してやるように促す。


「あ、何なら黒崎、これ一人でする?」
「え?」
「これ」
「あー…いやー…遠慮していいスか?」
「言うと思った」


苦笑いを浮かべて冷や汗を一筋流す彼に、私は諦めた笑みを浮かべて了承を示す。最初からやってもらおうとは思っていないが、まあからかったようなものだ。
授業時間はあと残り十五分ほど。ある程度静かになった教室で書く音が響くようになった。オンオフをちゃんと切りかえた生徒たちを見て、自分も解答に向けて教科書を見た。


20130528 柳



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