「私はもう子供じゃないんだよ」
「そう子供を過小評価するな。大人になれば今度は子供でありたかったと嘆くようになるぞ?」
「私は、今この状況が子供みたいだからやめてほしいって言ってるの!」


若干むきになって噛みつかん勢いでおじさんへと放たれた言葉は、当たる直前でうまく躱されてしまったようだ。それどころか、おじさんはますますヒートアップする始末。私は必死の抵抗をするもおじさんの前では無力らしい。
先程からおじさん、と呼ぶこの人は私の家の隣に住んでいる魯粛さん、物心ついたときは既におじさんの家で遊んでいた記憶が微かに残っている。あれから数十年、おじさんがもう私を高い高いできなくなるように、私だってもうおじさんの元へ行ってお菓子をねだるようなことはしない。そんなこと、おじさんだって気付いている筈なのに。


「今日はどうしたんだ?」
「……友達と遊ぶの」
「そうかそうか、それじゃあおじさんが駄賃をやろう」
「わ、私、別におじさんにお金せびりに来た訳じゃないって!」
「そう言うな。俺はな、いつだってお前を甘やかしていたいんだよ」


甘やかすって。ほらもう子供扱い。
懐に手を忍ばせて本当に財布のようなものを出そうとするものだから、私は先程よりも精一杯の抵抗で財布の口を開けるのを阻止する。残念そうな表情を見せても、私はもう喜んで受け取る年ではない。


「おじさん、これからおつかいに行くわけでもないんだしさ、こういうことはもう大丈夫だって」
「おつかい、か。お前が初めておつかいに行くときの顔、今でもよく覚えているぞ。小さな赤い傘さして自信に満ち溢れた顔をして冒険家のように…」
「い、いつの話してるの!」
「そう恥ずかしがるな」


頭を抱えながら呟いた言葉の返事は顔を隠したくなるような恥ずかしい話で返ってきた。腕を組みながら懐かしむ素振りを見せるおじさんは、それ以外にも昔の私を思い出したりしているのだろう。ああ、おじさんの脳内にある昔の私の存在がある場所に鍵をかけたい。
そこへプラスするように私たちの脇を通り掛かる近所の皆さんは微笑ましく見守っているような瞳。二重三重に恥ずかしくなるようなことが積み重なると本当に火が出てきそうだ。


「そうだなまえ、時間は大丈夫なのか?」
「、あ!」
「お前の友達に迷惑がかからんよう、遅刻はするんじゃないぞ」
「…おじさんが止めたんじゃん」
「はっはっは!そうだったな!」


ふと、時計に目を落とすと針はもうすぐ予定の時刻をさそうとしていた。ここからは然程時間はかからないがそれだとしても、だ。
私はおじさんに背を向ける。後ろから聞こえてきた声は結構大きい。そんな叫ばなくてもいいのに!と内心思う。だから、私はその声が聞こえていないかのように耳には意識を向けず足に集中した。

…未だ後ろでおじさんが私を見ているんじゃないかと思ってしまう私は、まだ子供なのかもしれない。


20130403 柳


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