「公閭様?」


私が呼び掛けると公閭様は気怠げに振り返る。普段ならば「どうした?」という言葉と共に視線を向けてくださるのに、今日日の公閭様は様子がおかしい。

おかしい、というよりは間違いなく疲れていらっしゃるのだ。けれど意地か心労を避けてか、公閭様は私に愚痴を零したことがない。私としては妻なのだから、沢山公閭様を案じて、公閭様が「もういい」と呆れるくらい何かをして差し上げたいのに。


「…問題でもあったか?」
「いいえ」
「では、客か」
「それも違います」
「――謎掛けならばさっさと、」
「どれも違います、公閭様」

暫くの沈黙。覗き込むようにしているのに公閭様からは小言の一つも出てこない。鈍っているのだろうか、色々と。

「お疲れですね?」
「いいや」
「嘘ばっかり。お疲れでしょう」
「…理由は何だ」
「動きが鈍っておいでです」
「動き?…動きか」


そう囁くと公閭様はご自分の掌に目を落とし、握っては開くという動作を繰り返される。ああ、何と新鮮なことだろう。まるで不似合いな光景が何故だか可愛らしく見えてしまって、私は大層公閭様に心奪われているのだと知る。

それを司馬昭様はお笑いになっていたか。微笑ましいと言いたげな、そんな笑みで。


「私は公閭様が心配です」
「お前に案じられる程出ていたとは。俺も、まだまだだな」
「私は嬉しいです。こうして少しずつ、公閭様を見抜けるようになっているのですから」
「表情が割れん限りは問題ない」
「それは…もう」
「…なまえ」
「はい?」


隣に座るように促す手。従って腰を下ろせば公閭様が身を寄せる。はじめは肩に、しかし私の様子を窺うとそのまま膝へと。またこれは、どうしましょう。頬が緩んで仕方がない。


「…締まりのない顔だ」
「呆れましたか?」
「…いいや、構わん」
「…はい。ようございました」
「なまえ」
「はい、公閭様」
「――…」
「賈充、聞きたいことがあるんだがー!」


何と言うこと、公閭様の眉間に皴が。それから膝にあった心地好い重さは何処へやら、迷いなく背筋を伸ばされた公閭様は来訪者を待つ。残念。私はついそう思ったけれど、公閭様はいかがだろうか。


「自分が同じことをされれば臍を曲げるくせに、あの男は」
「ですが公閭様、司馬昭様に頼られるのはお好きでしょう?」
「…ちっ……」
「…ただ」
「…ん?」
「私は少し、残念です」
「……。行ってくる、なまえ」
「はい。お戻り、お待ちしております」


立ち去る間際に髪を撫でてくださった公閭様。ああ、ああ。頬が緩むのを、抑えられない。



end.

20130403 むじ


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