「あー、今日は出掛ける気ないだろ?」
「え、なんで分かったの」
「俺の勘」


思わず掛けていた眼鏡がずれた。
持っていたマグカップを落とさないよう持ち直して目の前の男を見ると、お得意の勘が冴え渡ったらしく、とんとん、と指で自らの頭を軽く叩きながら軽く笑う。分かってはいても、こう急に来られてしまうとなかなか驚くものだ。
素直に「怖いなあ」と言うと「この前慣れたとか言ってた癖に」なんて言い返された。


「まあ、天気いいんだけどさ」
「いんじゃね?たまには家にいたって」
「出掛けたいならいいよ」
「いや、俺は別に」


マグカップをテーブルに置いてちらりと見る。長い足を組みながら白いマグカップを傾けながら雑誌を読んでいる。私の視線に気付いたのか、ばちりと目が合うとくしゃりと笑って何も言わなかった。


「ね、コーヒーいる?」
「ん?あー…俺はいいかな」
「ん、」


ふと、コーヒーが中途半端に冷めていたから淹れ直す序でに彼に訊いた。そう言えばさっきから然程飲んでいる感じが無かったかもしれない。
ぺたぺたとすっかり薄くなったスリッパを引きずりながらヤカンに水を溜める。沸かしている間にこの前買ってきたコーヒーを出そうとしていたとき、前触れもなく頭と腹に圧迫が襲ってきた。蛙が潰れたような変な声が漏れ、再び持っていたマグカップを落としそうになる。慌てて持ち直したマグカップの隣には、白いマグカップ。


「…柄にもなくツンデレですか、曼成さん」
「ツンデレとか似合うか、俺」
「そういう面倒臭いのは勘弁してくださいな」
「やっぱり俺の分も淹れてくれよ」
「えー、一人分しか沸かしてない」
「ほら、水入れて」
「…沸くのが遅くなる」
「ほら、そこは俺たちの愛の力で」
「それ、本気で言ってる?」
「……半分くらい?」
「寒いっつの」
「なんか、機嫌悪くねえか?」
「お得意の勘?」
「勘っつーか何つーか…」
「ほら、コーヒーとりたいから離して離して」


腹に巻き付いている太い腕を軽く叩きながら離すよう促す。するりと解かれた腕と心地よい体温。少しだけ背中が寒くなった。でもそんなこと知られたくなくて何も言わず、何も諭されないよう平然と棚からコーヒーを出した。


「そう言えば、なまえが買ってきたやつ、あれまだ残ってたか?」
「あ!残ってる残ってる」
「ははっ、じゃあ出しとくぜ」


曼成は隣の棚からこの前買ったクッキーを出した。私よりずっと高い身長の彼はいとも簡単に取り出すのだからちょっと悔しかったり、する。


「ねえ」
「ん?」
「出掛けないって言ったけどさ」
「うん」
「やっぱり後でスーパー行こうよ。曼成、結構食べるもんね」
「…勘、じゃないか」
「お腹をおさえてるんだよ」


20130424 柳


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