親の七光り。親が偉大だと子供は辛い。よく聞く言葉であるが、実際そうなのだろう。その親の業績によるが、親を通して子供を評価し、それを上回ることを周囲は期待をする。一人の人間としてその子供を見てはくれないのだ。


「そのてん、親父は偉大だねい」
「ん?」


昼下がりの甲板。そろそろクルー達が各々の好きなことをやるであろう時間帯に、日当たりの良い場所で私はマルコ隊長と海を見ながら駄弁っていた。ボトルごと持ってきたコーラを片手に、遠くを見ながら肘をついて。ふと口に出した言葉から始まった何でもない話は、私達の偉大な親父さまについて。
血の繋がりなど気にせずクルー全員を「息子」と呼ぶ親父の仁愛な心はいつ考えても素敵だ。傘下となっている他の海賊にもその貫禄の笑みは絶やさない。悩んでいても親父に相談したらどれだけちっぽけなことで悩んでいたのだろうも思ったことも。長年生きていなければできない芸当である。

だからこそ、誰も私を「白ひげの実の娘」として親父を通して見ないから、この船に乗っていて良かったなあと常々思う。


「この船乗ってると血の繋がりなんて大したことじゃないなあ、て思うよ」
「端から親父はそんなこと思っちゃいねェだろい」
「確かにね。みんな仲良くしてくれるし、失敗しても笑ってくれるし」
「ありゃァ、サッチがお前に過保護すぎるんだよい。この前の書類、誤字まみれだったしねい」
「お手を煩わせてすみませんねぇ、マルコ隊長ぉ」
「…反省する姿勢くらい見せろよい」


隣から漂ってくる殺気染みたオーラを振り払いながら眉尻を下げて笑う。半分くらい残っていたコーラの瓶に口をつけ、息が落ち着かせて一口。炭酸が脳髄を駆け抜ける感覚が心地良い。
四番隊隊長のサッチ隊長は何だかすごく優しくしてくれる。女気が殆どないこの船内で、構ってくれる年下の妹は私しかいない。ナースの皆さんは親父専用だ。誰も手出しができない。だからと言って私が蹂躙されるようなことはないが、それにしてもサッチ隊長のあれはちょっとあれだ。同い年の子の反抗期の気持ちがよく分かる。


「サッチ隊長、サッチ隊長かあ…。優しくしてくれるし好きだけど、最近力強いよね」
「おいおい、んなこと言ってっとあいつが調子のって──」
「なまえ、俺のこと呼んだ?」


既に気配は感じていた。タイミングを伺っていたであろう彼は私の左隣からぬっと姿を現した。海へと向けていた視界のなかの半分がサッチ隊長で埋まる。きれいなブラウンの髪と人懐っこい表情。地平線を見ていた目線はその半分のなかにいるサッチ隊長に向けられた。ニィと笑って視界から消えると、今度は肩に衝撃。食材の匂いと少しのサッチ隊長の匂い。右隣で海に背を向けていたマルコ隊長が大層な溜め息をついていた。


「サッチ隊長、重い」
「ん?俺の愛がか?」
「あーうん、どっちもかなあ…」
「どっちかというと、俺って尽くすタイプだから頑張って受け止めてくれよ」
「彼氏じゃないんだから…」
「お、今から親父んトコ挨拶に行くか?」
「そのまま殴られて吹っ飛ばされろい」


お前限定でな、とサッチ隊長を指差しながら呆れたように言うマルコ隊長。それに続いてサッチ隊長は「結婚って何親等からだったっけ?」と呟いているのが聞こえた。サッチ隊長はどこまで本気なんだろうとよく思う。


「とりあえず、「親父の息子」なら結婚は出来ないよね」
「旦那の試練は嫁さんの親父を説得するとこからかァ…」
「サッチ隊長がご飯作ってくれるなら毎日楽だなあ」
「おう!可愛い嫁さんのためなら毎日張り切るぜ!」


自慢の力こぶを作り上げて得意げに笑うサッチ隊長とそれを見て笑う私とその私が呆れ笑いだということに最初から気づいていたマルコ隊長。笑いあい、呆れあい、でも最後は何だか笑みが零れてしまう。そんな二人の人間の良さもあるのだが、何よりこの雰囲気を作っているのはもしかしたら親父なのかも知れない。

こののどかなスリーショットが甲板で笑いあうなか、ふと私はサッチ隊長の腕の中から抜け出す。いきなり抜けた私に不思議そうな表情で見る二人の隊長。少ししか残っていないボトルをサッチ隊長に渡すと私は二人に背を向ける。


「おいなまえ、どこ行くんだい?」
「ん?」
「ん?じゃなくて、いきなりどうしたんだいよい。サッチがそんなに嫌だったか?」
「おいマルコ、いくら何でもそりゃねェだろ」
「ごめん!何かね、親父に呼ばれてる気がした!」
「親父に?」
「うん。何と無くね!」


後ろ手に手を振って二人に背を向ける。叫んでいるサッチ隊長に大きく手を振り、甲板を駆けて急いで親父の待つ船長室へ。
廊下で通り過ぎるクルー達が「またなんかやらかしたのか?」なんて。悪戯っ子のような表情で訊いて来るから「失礼だなあ!」と返す。マルコ隊長がどこにいるか聴いて来たイゾウ隊長には甲板にいると伝え、エース隊長がどこにいるかと訊かれたら部屋で寝てると秘密をバラす。
ちょっと荒れた息を整え、目の前にある大きな扉をノック。中から聞こえて来た貫禄のある笑い声が、しっとりと心に落ち着きと安心感をくれた。


「…俺ァ、長いこと「親父の息子」やってるけど」
「?」
「なまえにはいつまでたっても適わねェなァ」
「違いねェよい」


20130528 柳


- ナノ -