「坊は父親に似ているな」


島津の殿様とは思えぬ蕩けたような顔は見ているこっちが呆れてしまう。とは言え、殿にとって腕の中の赤子は孫なのだ。個としての表情が現れても仕方がない、のかもしれない。


「お主には似なかったか、なまえ」
「そうですね。顔から何から、本当に旦那様にそっくりで」
「誰が見てもすぐに親を捜し出せるぞ。…坊、お主を父の子でないと謗る者は絶対に現れぬようだな」
「ほら、笑った顔なんてそのまま。思わず私まで笑ってしまいましたもの」
「確かに確かに。いや、見事なものよ。成長した暁にはどうなるやら、だな」
「ええ、本当に楽しみですこと」


孫が伸ばした小さな手に応える爺の手は、それ一つで赤子の身体を抱えてしまえるのではと思えるくらい大きい。時には頭を撫で、時には手を引いてくださった大きな大きな頼もしい掌。父と言われて最初に思い出すのはあたたかい手、親の温もりと言われて浮かぶのは、その手だ。


「…ん?坊、瞼が落ちそうだぞ」
「殿様の体温が心地好いのでしょう。安心するのよね?」
「何とも、母親だな。思わず笑ってしまう」
「母親です。殿様、それは妻となる折にもおっしゃっていたのでは?」
「そうか?まあ何、だとすれば何時までも、親にとっては娘ということだ」
「殿様と呼ぼうと?」
「お主はお主、なまえのままよ。…さて、坊を渡すとするか。坊、母のところに――」
「あら」


坊やは殿様の着物をぎゅっと握って離しそうにない。爺に包まれるのは安心するのかしら。ふと小さな自分が、坊やを通して見えた気がした。


「ここは、母親に似たか」


坊やを見詰める殿様の表情は穏やかで、その言葉の意味を思うと急に、恥ずかしさが込み上げた。



end.

20130616 むじ


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