「何の匂いだ」


奉太郎の発言は唐突だった。それはもう何事かと思うくらい。私はと言うとどう答えたらいいのかわからず、目を丸くして奉太郎に視線を送るので手一杯である。何も口にはせず、それでいて視線だけは自分に向いているのだから奉太郎も落ち着かないのだろう。窺うように動いた視線は何処か不安そうだ。


「…無言で見るな」
「いや、だって」
「だから、馴染みのない匂いがだな」
「そう?する?」
「するだろう」


そうだろうか。やっぱり私には奉太郎の発言は疑問で、試しに原因を追求してみるがわからない。また無言で奉太郎を見れば彼は不満そう(面倒臭そう、だろうか)に眉を寄せ溜息まで吐いたではないか。苛立つよりは傷付く、少しだけ。そんな風に感じるようになったのも奉太郎が奉太郎でなくなったから、だ。


「…わかんないよ」
「犬か、お前は」
「奉太郎が言うから!何、どんな感じ?」
「どんなと言われてもな。どう――…ああ」


思案顔になった奉太郎、しかしそう経たずして「閃いた」とでも言うような声を上げる。何故だかその瞬間、急に目が合っていることを強く意識してしまった。幼馴染みの折木奉太郎、私にとっては異性にもなってしまった、折木奉太郎。今の空気を一変したい思いとこのままでいたい思い、日によって私の感情は揺れている。


「シャンプーだ。匂いの強いやつに変えたのか」
「へっ?…私?」
「みょうじなまえ以外の誰に向けての言葉になる、この状況で」
「…奉太郎?」
「…いちいち口にするのも馬鹿らしいが、自分で変えたのならわかるだろう」
「うん、わかる」
「……あのな」


呆れた様子の奉太郎に、何時もなら何か言っただろう。だけど今は。確かに変えた、そしたら偶然下校が重なって幸せだと思って、それで。まさかこんな、だって。


「ほっ、奉太郎は好き?」
「好きでも嫌いでも、ないな」
「……そう」
「ただ、新鮮ではある。知らない女子生徒が隣にいる感覚とでも言うのか」
「わあ…わあっ…!」
「何だ急に」
「だって、うわあっ…!」


どうしようどうしよう。私、絶対に赤くなってるよ。



end.

20130428 むじ


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