「…おはようございます」
「あらら、見つかっちまった」
「隠れてもいないのに言わないでください」


どん、とデスクに書類の束を置く。その音で膨大な量だと分かったのだろう、私の上司はソファから動かないまま子供のように唸っていた。デスクには今置いたほかにももう一つの塔がある。私は心に秘めておこうとしていた溜息が口から漏れた。


「昼食後に定例会議があります。分かっているとは思いますが必ず出席ですよ」
「なまえちゃん、代わりに出てくれねェ?」
「お断りします」


散らばっているデスクの上を簡単に整理して上司が寝ているソファに近づく。両手を枕代わりにし仰向けになっている上司の顔には、トレードマークであるアイマスク。問答無用でそれをずらした。
突然入ってきた光に眉間に皺を寄せる上司。眩しいと訴えているその表情を無視し、今度は組んでいる足を床に下ろす。…上半身が起き上がっていないから変な体勢だが、まあいいだろう。


「……何すんのよ」
「起きてください。判子くらいつけますでしょう」
「そんなに俺が働かなかったら代わりにやっとくとかねェの?」
「他人に甘えないでください。判子は青キジさん名義で付くんですよ」
「あァいーよいーよ。なまえちゃんのほうが中身分かってそうだし、そこら辺は全部許すわ」
「そういう問題ではありません」


半分しか開いていないカーテンをあけてタッセルで纏める。程よく風が通るように窓を開けると、漸く青キジさんがソファから腰を上げた。まだ眠たそうだが、起きただけよしとしよう。
私はチェアに座る青キジさんの後ろからデスクを挟んで前に回り、二つの塔のうちから書類を抜き取っていく。それを青キジさんの前に置くと僅かに首を傾げて目で文章を追う。


「…これは?」
「早急に判子をいただきたいものです。まずはそれからお願いします」
「……なァ、なまえちゃん」
「はい」
「今度、稽古つけてあげよっか」
「嬉しいですが書類からお願いします」
「…お堅いこって」


私には青キジさんが何がいいたいのか大体分かるようになった。今の「逃げの口実」も、だ。
半分も目を通していない書類に判子を押していく青キジさんの左後ろで待機し、差し出された書類を受け取る。適当に付いた感じがありありだが…付かないよりましだ。これ以上言ってもこの人には効かないだろうし。受け取った書類を確認し終え、私は扉へと向かう。


「私はこれを提出してきます。また寝ることがないようにしてくださいね」
「ん、頑張ってみるよ」
「頑張って書類を片付けてください」
「なまえちゃん」
「はい」
「コーヒー、一杯頼むわ」
「かしこまりました」
「あ、やっぱり二杯。カップ二つね」
「…お客様でも?」
「いや、なまえちゃんもちったァ休みなさいよ」


「コーヒーブレイクと洒落込みますかねェ」、そんなことを言う青キジさんは頬杖をつきながら書類を読んでいた。とっさの返事が出来なかった私は返事だけを返して部屋を後にする。
せめて今日の夜までは寝てもらわないよう、そしてこの前買った豆の味が気になっていたりするから、今回は濃いエスプレッソにしよう。道中、コーヒーについて考えている自分がやけに楽しさを感じていた。無意識であった。

…この人の下で過ごして数年がたつが、この人が兵から慕われる理由が少しずつ分かってきたかもしれない。


20130427 柳


- ナノ -