「このような時間に何をしている」


日も跨ぎ草木も眠る丑三つ時は一日の中でも一番静かな時間。全てが眠りにつき、動いているのは空の星々と地球だけかのように思う。
そんな時間帯に私以外の人の声が聞こえた。私以外に起きている人がいたとは、振り返って見た瞬間私は頭を低くする。


「旦那様、まだ起きていらっしゃいましたか」
「甄はもう寝たのか」
「はい。既にお休みになられております」
「そうか…して、お前はどうしてここに?」
「……お恥ずかしながら、」


眠れなくて、そう言葉が続くと自然と顔は前へと向く。恥ずかしかった、ただそれだけ。
不眠症ということではなく、最近はこのような時間帯まで中々眠れない日が続いているのだ。床に入って目を瞑っても意識は沈まず、すっと目が開いてしまう。なら、夜空を見れば少しは眠たくなるかもしれないと何の根拠も無くそう思った私は、このように縁側に座りずっと夜空を眺めている。
そう言えば、何故旦那様はこのような時間まで?そんな疑問がぽつりと浮かび上がる。旦那様は、と喉元まで来たその言葉を私はそこから上へと上げずそのまま飲み込んだ。旦那様も、縁側にお座りになっていたからだ。


「お前は、甄に付いている女中か」
「はい、なまえと申します」
「年は幾つだ」
「今年で二十二になりました」
「なまえよ、月を見て何を思っていた?」


月を、見て。私は再び月を見た。
周りを星に囲まれているなか一人青白く浮かんでいる月、夜の太陽。


「…孤独、を」
「孤独?」
「はい、孤独で御座います」
「それはここでのことか」
「いえ、心のなかで御座いますわ」


詳しくは身を固めることを考え続けた末に浮かんだ言葉、孤独。
普段私達が使う「孤独」という意味で実際今そうかと言われたらそうではない。同い年で仲の良い人はいる、奥方様もお優しく気さくに私に話してくださる、孤独は感じない、寧ろ楽しく思えてくる。
だがここでいう「孤独」が一体どういった意味なのか、上手く言葉に現れなかった。心のどこかにある隙間、そこから入る隙間風の冷たさ、それがいつも頭の中では芽生えるのだ。果たして私は身を固めるべきなのかそうでないのか、固めてもそれは良いことなのか。自分とは何なのか、何がしたいのか。
考えを掘り下げると深くまで嵌まってしまうので深く考えないようにしているが。
旦那様はずっと黙っていらっしゃる。


「きっと、私はどこへ行こうとこの孤独からはきっと逃げられません」
「…」
「ですが…私は今ここに居させて頂きたいと、思ってしまって」
「…孤独ではないのか」
「孤独は感じますが、何故かそれが心地いいと感じてしまうのです」
「何故だ」
「人は誰しも孤独だから、ではないのでしょうか」


旦那様にはお美しい奥方様がいらっしゃる。孤独など無縁の方だと思うが、私がいう孤独は身分関係無く誰にでもあるようだと感じているのだ。誰にも埋めることのできない何か、それを埋めようと求めるのが人、個人的な考えを旦那様に押し付けるわけでは無いが思ったことが口に出てしまった。


「申し訳ございません、私のようなものが旦那様へと一方的に、」
「いや、良い」
「…」
「なかなか面白いことを考えるのだな」
「…私めが勝手に思ったこと故、お受けとめになさらないでくださいませ」
「孤独、か…」


呟かれた旦那様は夜空を見ていらっしゃった。それ以上何も言わず、ただ何かを味わうように空を見続けていらっしゃる。
私も同じ様に夜空を見た。明るい星、暗い星、その星達を束ねているかのように存在する月、ああ彼らも孤独なんだろうと、私は沁々と感じていた。


詩集「二十億光年の孤独」より/谷川俊太郎

20120319 柳


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