※『西鶴諸国ばなし』巻四の七「鯉のちらし紋」 / 井原西鶴


「夢見たの」


下手をすれば独り言のようでもあった呟きを、馬超は自分への言葉と受け取ったらしい(確かにそうなんだけど)。馬の手入れを怠らず、作業は続けたままで「夢?」と返す。その姿にますます夢が現実味を帯び、寒気というのだろうか。兎に角、奇妙な感覚に襲われた。


「人と話してる夢、なんだけど」
「何だ、特に妙でもないだろう」
「うん」
「それに悩んで眠れずにいたのか?酷い顔だぞ」
「うそ、そんなに酷い?」
「ああ。…ところで。馬の手入れに来たにも拘わらず、俺ばかり見ているのには意味があるのか?」
「いやあ、特に深い意味は…」

振り返った馬超は少しだけ眉を寄せ、何処となく呆れているように見えた。確かに、意味もなく見詰められたら気分もよくないし気になる。私だって馬超のように(寧ろそれ以上に)相手に尋ねるに違いない。尋ねるというか、突っ掛かるというか。

「夢に関して」
「ん?」
「詳しく尋ねてほしいのか?」
「それも違うような」
「意味がわからん。ならばお前も、すべきことを片付けろ」
「…そうだね」


愛馬に近付き、その身体を撫でてやる。嬉しそうな鳴き声に思わず笑みが零れるが、馬超の横顔を見ると心が一気に沈み込んだ。馬超は、悪くない。夢を見てしまった私が悪い。いや、悪いのだろうか。


「なまえ」
「何?」
「俺が聞きたい。何なんだ、先程から。言いたいことがあるなら言え、気持ちの悪い」
「こっちは気を遣って!うわっ、そんなこと言われるなんて思わなかった!だってもし本当だったら、」
「気を害すのならさっさと言え!間怠っこしいのは好かん!!」
「だっ、て、さあ…」
「何だ!」


今度は呆れではなく苛立ち。鋭い瞳に喉元まで迫り上げた言葉が動きを止める。聞いたらだって、これ以上だ。絶対に。


「…夢に、さ。驚くくらいの美人が出て来て」
「その美人と話していたのか?」
「うん。…で。
その美人曰く、孟起様との付き合いは貴女なんかよりもずっとずっと長いから、どんな手を使っても無駄よ、と」
「…何だ、それは」
「私に言われても。それから驚いたことに、私には孟起様との子が宿っているのだから、貴女にやる心などありはしない…とも」


夢の美人を思い描く。
白い肌、髪も白のような銀のような、とても同じ人間とは思えぬ容貌だった。


「どんな妄想に溢れた夢だ。俺の知らぬところで勝手に子を作り出すな」
「その美人、………馬、だって」
「馬?」
「私は孟起様に可愛がられている馬だって、言って」
「………は?」
「ない…よね?」
「誰がそんなことをするか!お前は俺を何だと思っている!!」
「わかってるよ!でもその美人があまりにも、何と言うか、心が篭ってて…」


馬超の愛馬が雌か雄かなんて私は知らない。馬岱やそれこそ本人なら答えてくれるだろうけど、有り得ないこととはいえ「雌馬だ」と言われてしまったら平静でいられる自信がないのだ。


「まったく、失礼な奴だな。…ん?」
「馬超?」
「夢だが、何故その美人はお前にそんなことを言ったんだ?」
「え?」
「俺とお前は別に、」
「……!!
いっいや、何でだろうね?あはは、うん、本当に不思議〜嫉妬する必要なんてねえ、ないの、に、ね?」
「本当にな」


あのさ、馬超。少しは気付いてくれてもいいんじゃないかな。うん(とても身勝手な意見だけどさ)。



end.

20120315 むじ


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