侍女に髪を梳かれ、妻として恥じぬような着物を用意される。「奥方様のためにと、幸村様が」。微笑と共に告げられた事実に、全身を包んだ熱を思い出した。
婚姻に際し義父上に話を聞いていたのは間違いないが、面識はない。つまり、私が輿入れをする日が正式に決まり、幸村様が骨を折ってくださったということだ。話だけを、頼りに。


「奥方様?」
「いいえ、何も。…帯はそちらがいいわ」
「畏まりました」

数点の帯も、幸村様が。
婚姻の儀を終えてまだ一夜、私を迎え入れるために様々なことをなさっていたのかと思うと、胸には喜びが広がる。思わず口許を緩めると、不意に「なまえ」と呼ぶ声。障子の向こう、思い描いていた、少し前まで傍にあった人。たどたどしい口振りでその名を呼ぶと、影が動いた。

「どうした?何か、」
「幸村様、奥方様はまだ――…」
「あ、ああ、すまぬ。
なまえ、支度を終えたら、庭を歩かぬか?そなたはまだ不慣れ、案内をと思ったのだが…」
「幸村様…はい、是非に。お待ちくださいませ」
「ああ」


影であるから表情は見えないのに、大層慌てた、困惑した表情をなさっているのだろうと思えた。幸村様は行動に表情がお出になるお方、なのだろう。夜半もそのお姿を映すことは難しくとも、触れる指先や腕から、何処か不安げなお顔であることを知ったのだ(それは私自身にも言えたことであろうが)。



「幸村様」
「…おはよう、なまえ」
「おはようございます、幸村様。お庭に下りていらしたのですね」
「手を。転んで怪我をしては危ない」
「まあ。ありがとうございます」
「いや」

重ねた時に気付いてはいたが、目視することで大きさの違いを改めて意識してしまった。一回りは大きな掌。労るように、慈しむように私に触れた手だ。

「そなたは、何か好んでいる花はあるだろうか?」
「…何故です?」
「いや。見ての通り、殺風景な庭だ。寂しかろうと思ったのだが…」


ばつが悪そうにおっしゃる幸村様。微かに赤らんだ頬は、その横顔を慕わしく思わせる。


「そなたの好きなように彩ってくれて構わない」
「…幸村様のお好きな花は、何かございますか?」
「私の?いや、私は。よくは、知らぬ」
「なれば。共に選んでくださると、嬉しゅうございます。…幸村様と私の家にございます故」
「……ああ、そうだな」


伝わる熱、感情。
私はこの方となら、確かな想いを育んでいける。何を疑うこともなく、そう思えた。



end.

20120310 むじ


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