三月も半分が過ぎ、昼間も暖かさが増していよいよ春という雰囲気。私ももう卒業してこの春から大学生、県外だから一人暮らし、だからこの二ヶ月は準備で忙しかった。不安もあるけどわくわくしてならない、何せ憧れだから(ホームシックには、なるだろうな)。


「星、綺麗だね」
「そうだね。寒くない?」
「うん。寒いけど冬の夜空が一番綺麗」
「それだけ空気が澄んでいるから」


そんな中、地元を離れていた関索が帰ってきた。関索だけではなく伯約と仲権も一緒に帰ってきたのだ。知らせも何もなく帰ってきたから驚いたが、なら久し振りに四人で遊ぼうということに。
そして今は私の家の屋根の上。今日は一日太陽が見え積もった雪も全て溶けて屋根はすっかり乾いていた。だから今日の夜空は綺麗だろうと伯約が言い、天体観測に否を示す人もなく八時過ぎに私の家の屋根集合、と言うことで決定した。
実際来ているのは関索だけ、二人は後から来るらしい(さっきメールで飲み物何がいいか聞かれた)(私は迷わずココアを)。


「なまえ、卒業おめでとう」
「ありがとう。私も四月から関索と同じ大学生だ、全然実感ないよ」
「私もそうだったよ。実際に一人で生活してからかな、自分が大学生なんだ、と意識できたのは」
「やっぱりそんなもんかあ」
「そうだ、卒業祝いしないとだね」
「え?これがそうじゃないの?」
「なまえが良いなら盛大に祝うよ」
「じゃあもう一回メールしてクラッカー買ってきてもらおうかな」
「あはは」


関索の笑い声が響く。家の中にいる筈のお母さん達の声は全く聞こえない、もしかしたら静かにしてくれている?いや、あの人に限ってそれはないかも。
幾重にも首に巻いたマフラーに口元を埋めて膝を抱えて座る、すると背中に温もりを感じた。関索がにっこりと笑っている。


「いやいや、寒いでしょ?」
「なまえが風邪引いたらいけないから」
「それ、私も言えるけどね」
「私は平気だから、着ていていいよ」
「……寒くなったら我慢しないでよ」


関索が着ていたジャケットの裾を握り締める。貸してもらったジャケットの下にも着ていたが、関索の温もりが感じ取れた。優しいな、彼女とか出来たのかな。
すると北極星の横を一筋の光がすぅ、と通る。「あ!」と思わず声をあげ、関索の方を見ると「私も見たよ」と微笑んでいた。


「初めて見た」
「私も初めてだ」
「本当に一瞬なんだねえ」
「あれだと三回も願い事唱えられないね」
「あ、と思ったら終わってるもんね」
「北極星の近く、だったかな」
「うん」


そこでぶつりと話が途絶え、関索は夜空をじっと眺めていた。何か考え込むように、表情はよく分からないものの「ああ」と一人納得して私の肩を叩いた。


「あれだ、北極星の真下にある星座が馭者座、そして牡牛座」
「へえ…」
「冬の大三角形のそれぞれの星から子犬座、おおいぬ座、オリオン座があるんだ」
「オリオン座は分かるけど…子犬座とかってどれ?」
「ほら、プロキオンが」
「プロ?え、どなたがプロ?」
「冬の大三角形は分かる?」
「うん」
「逆三角形の形をしているよね」
「うん」
「それの左上がプロキオン、その下がシリウスでオリオン座の所にあるのがベテルギウスだ」
「へえ…」
「そのプロキオンから斜め上にあるゴメイサを繋ぐと子犬座になるんだよ」
「メイサ?」
「プロキオンに比べてゴメイサは薄暗くて…あ、ほらあそこに、」
「え、え?」


関索に説明されてもどれだかが分からなくて(だってたっくさんあるから!)、どれがどの星か分からなくなっていると「あれだよ」と指を指してくれた。どれを指しているのか分からず関索に体を近づけてその指の先を見る。すると微かに薄い光だがそのゴメイサとかいう星が見えた。多分あれだ、あれがゴメイサで子犬座。
へえ、と思わず溜め息をついてしまう。え、でもいつの間にこんなに星座について詳しくなったんだろう。


「関索ってそういう大学に行ってたっけ?」
「いや、星座については夏侯覇殿に教えてもらったんだ」
「嘘、仲権そんなに知識あったんだ…」
「最近気になる人が出来たらしくて、その人天体観測が好きみたいで猛勉強しているんだよ」
「へえ…応援しよう」
「ははっ、きっと喜ぶよ」


誰なんだろうな、大学の人かな、と頭の中で仲権の想い人が気になってきた。きっと仲権よりも背が高いのかな、なんて。
すると脇に取り付けてある梯子の方からカン、カン、と誰かが登ってきた音がした。そっちに顔を向けるとひょっこり顔が見えた、「よお」という声と共に。仲権だ。


「久し振り」
「おー、正月ぶりだよな?」
「うん。伯約は?」
「あ」
「夏侯覇殿!」


伯約の声も聞こえてきた。あはは、仲権のせいで止まってたんだ。
悪い悪い、と言いながら登ってきた二人、私の隣から順に仲権伯約と座り、四人で夜空を見上げる。手には暖かいココア、背中には関索のジャケット、体も心もとても暖かくて。


「関索関索」
「なに?」
「来年、今度は二人で見ようよ、ね?」
「勿論、またここで」


す、と再び流れ星。今度は長く、夜空を横断するように星が流れていった。


20120314 柳


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