ぐすっ、ぐすっと鼻を啜る音に大きく揺れる肩。私が道を覚えていれば、いや、そもそもお止めするべきだったのだ。「周瑜様に元気をあげたい」。そうおっしゃった小喬様の手助けをしたいなど、考えるべきではなかった。


「小喬様、そんなに擦っては肌を痛めてしまいます」
「だっ、てっ!ごめんなさい、なまえ。あたしが、我が儘言ったから、」
「小喬様…」


涙を拭い続ける手に触れると大きな瞳が私を見た。疑問に満ちた丸い瞳、真っ直ぐ私を射るそれに、止めるべきであったとまた思う。
小喬様はこうして悲しまれているし、ただでさえ困憊していらっしゃる周瑜様に更なる負担を。私は小喬様の侍女。周瑜様の大切な奥方様を任されているというのに、何をしているのか。


「周瑜さま、心配してる、かなっ」
「小喬様、周瑜様にお贈りする花冠が崩れてしまいます。どうかお笑いになってください」
「う、んっ…!」


様々な花が編み込まれた冠は、小喬様が周瑜様のためにと作られたものだ。以前、孫策様に大喬様、周瑜様とお出かけになられたという花畑。その際の周瑜様はとても穏やかで、見ているだけで嬉しくなったと幸せに満ちた笑顔でおっしゃった。だから再びその花を目にすれば疲れも和らぐ、実際にお連れするのは難しいからこういった形で。それが、小喬様の願いであった。


「兎に角、ここでこうしていても城には戻れません。何とか帰り道を思い出しましょう」
「…そう、だね。なんとかなるよね!うん!なまえはあたしが守るから、何が出て来ても大丈夫だよ!」
「ありがとうございます、小喬様」
「えっと、確か…」
「街から小道に入ったのですよね。それから」
「周瑜さま達と来たときはどっちに行ったんだっけ…最初は、左?」


繋がれた手に安堵感が込み上げてくる。小喬様を励ましているつもりで、私も相当怖がっていたのか。ここには歩いて来たのだから、それ程遠くはない場所ということ。小喬様は「孫策様が内緒の場所って言ってた!」とおっしゃっていたし、辿り着くまでが入り組んでいるのだ。


「何となく見覚えのある景色、ですね」
「うん、こっちでよかったんだね。次は――…」
「小喬様!なまえ!」

こちらに向かって走って来るのは、間違いなく呉の兵士。私達を捜しに来たのだろうか。小喬様を見遣れば、花畑に行こうと提案なさった時以上に嬉しそうにしていらっしゃる。

「あなた、周瑜さまの兵士さんだよね!?」
「周瑜様の?では、」
「ああよかった。周瑜様に言われ、お捜ししておりました」
「ねっ、周瑜さまは大丈夫?倒れたりしてない?」
「はい、大丈夫です。ですが甚く案じておいででしたので――」
「大変!早く戻らないと!なまえ、急いで急いでっ!」
「は、はいっ!」


兵士をも追い越して(彼がやって来た方角から思い出したのか、本能か)、どんどん先に行ってしまう小喬様。置いて行かれないように私も必死に足を動かす。

よく知る街、見えてきた城。ああ、無事に戻って来られたのだ。



「小喬!」
「周瑜さまあ!!」

城門までいらしていた周瑜様は、小喬様のお姿を見つけると顔を綻ばせる。勢いのまま飛び込む小喬様を何なく受け止め、それから兵士と私に視線を送った。私、は、ここに残っていた方がよさそうだ。

「なまえ、君も無事で何よりだ」
「申し訳ございません、周瑜様。私が止めるべきでした。周瑜様のお心を煩わせてしまい…」
「…小喬にも非はある。二人には言わねばならんことが幾つかあるが――…まずは暫く、身体を休めるんだな」
「はい」


小喬様の手に握られた不格好な花冠。それを見た周瑜様は、優しい手つきで小喬様の頭を撫でていた。



end.

20120313 むじ


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