「色気ないわ」
「元々そんなもの兼ね備えていませんよ」
「そういうことじゃなくて」
「じゃなくて?」
「宅飲み、しかもジャージって」


持っていたシャンパングラスをゆらりと揺らした元姫、中に入っているのはスパークリングワインだが揺れたことで炭酸の気泡があがり、蛍光灯の光に反射してとても綺麗だ。
元姫の答えに私は笑いながら「そんなもんよ」と答える。
今日は久し振りに元姫が遊びに来て世間一般でいう「女子会」というものを繰り広げていた、勿論二人きりで。出来ればお洒落なバーとかに行きたかったが(駅前で見つけたバーがとてもお洒落)(深海みたいにひっそりしてるの)、今月は飲み会が重なり財布の生命線が危うくなってしまっているのだ。元姫には申し訳無いのだが今回は、ということで家に招いた、ということで現に至る。


「そんなぶすくれなくたって」
「いじけてなんかいないわ、前に言ってたバーが気になっていたの」
「そんな逃げないって、今度旦那さんと行ってきなよ」
「子上殿は…居酒屋のほうが似合う」
「あっはは!スーツ着てカクテルグラス持ってる昭さんはちょっと似合わないかも」
「最近妙に焼酎が板について、」
「ああ、こりゃもう居酒屋決定だ」
「いいの、下手にカクテル頼むより安上がりだもの」
「主婦魂だなあ」
「経済的と言って」
「元姫あれでしょ、休日とか昭さん外に追い出して掃除するんでしょ」
「そんなことしない」
「嘘だ」
「嘘ついても仕方無いわよ」
「「子上殿、掃除手伝うか出ていくかして、邪魔だから」とか言ってそう」
「掃除機かけるのにいたら邪魔だけど出ていけなんて…」
「へえ、そんなもんかあ」
「なまえ、あなたどんな風に私を見ているの?」
「カカア天下」
「…そんなじゃないわ」


眉を潜めて私を睨む元姫、揺らめいていたシャンパングラスを傾け、その際にするりと落ちてきた一房の髪を指で払う。…いつも思うけどこの動作が素敵に見える人って大体美人だよね、元姫もクールビューティーってやつだし。
ふんふん、と一人で納得していた時、ピリリと電子音が響き渡る。これは私の携帯ではない。


「何、どうしたの」


どうやら旦那さんからみたいだ。表情には飽きれ顔と一緒にちょっとした「妻」の姿も見える。一人ニヤニヤしていたら運悪くちらりと元姫に見られてしまった、あらまと思うが元姫は何も反応を示さず耳に押し当てていた携帯を私にずいと向けてきた、えええ出ろと?
成されるがままに受け取り、携帯を両手で持ってみたりしてそろりと耳に当てた。


「……昭さん?」
「久し振りだな!結婚式以来か?」
「そうですねー…そうなりますねえ」
「元姫が十時には戻るって言ってたからよ、もうとっくに十時過ぎたし」
「……もしかして、ご用がありました?やはり夫婦なかよ」
「待て、それ以上は言うな」
「……なまえ」
「あー…ゴメンナサイ」
「なまえ、子上殿にお米を研ぐように言って」
「昭さん昭さん」
「ん、何だ?」
「元姫がお米研いでだって」
「米研ぎ?はぁ…めんどくせ」
「面倒臭いだって」
「じゃあ私は一人で食べるから自分で作って」
「聞こえた?」
「いや、何も」
「元姫は一人で食べるから自分で何とかして、だってさ」
「あー分かったよ。で?俺は何合研げばいいんだ?」
「何合?」
「お昼もあるから一合半」
「一合半」
「……めんどくせ。分かった、やっとく」


電話の向こうからは昭さんの盛大な溜め息が聞こえ、ザラザラとお米を移している音も聞こえた。司馬夫婦の営みが垣間見えた瞬間である、なんともまあ、見慣れないだけあってか不自然な感覚。業務連絡みたい、いや実際そうなのかも。
ブチッと電話をきり元姫に渡す。再びグラスへと注がれたワインを(手酌でごめんね)飲みながら受け取る元姫、ちょっとホロ酔い気分っぽい、あんなに飲んでたのに。お酒強いなあ。


「朝帰りしちゃえば?」
「え?」
「いーじゃん、たまには楽しんじゃって、ね?」
「…」
「愚痴だろうがのろけだろうが付き合うよ」
「……のろけないわよ」
「愚痴否定しないところみると」


「分かったわよ」と仕方無いわねと言わんばかりの口振りだったが、元姫も楽しんでいるご様子。今日くらい遠慮なく飲め歌え状態で朝までオール、まあ立派な女子会だ!
元姫のグラスにワインを注ぎ入れ、私はビールを注いだ。今日元姫が持ってきたヴァイツェン(何とクリスタル・ヴァイスだ)を注ぎ入れる。


「仕切り直しね」
「仕切り直したって、結局は中身脈絡オチ全て無い会話になるけどね」
「…あら、」
「?」
「なまえはそっちのほうが好きじゃないの?」
「…よく分かってらっしゃいます」


だから昭さんが手離さないわけだ、他の理由もあると思うけど、ああ納得。
口角を上げて笑う元姫を見、私達は再びグラスをかちんとぶつけ合った。


20120308 柳


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