なまえはあまり勝手を言わぬ子であるとホウ統は思っている。いや、思っていた、と言うべきか。

憧れという感情を抱かれていることは承知していたし、その憧れがどういった類のものかも何とは無しに感付いていた。しかし、向けられたから己の想いに問わず応える、そんな不誠実な付き合いをなまえとしようとは思っていない。幸いなまえは露骨に示すような子ではなかったし、「何時までもそうしているのは、残酷ではありませんか?」という諸葛亮の言葉を深く考えずにいれば気楽なもの。そう、構えていたのだが。


「お前さん、諸葛亮に言われたのかい?」
「違います」
「そうかい。なら、あっしが行かないと諸葛亮は不審に思うだろうさ。だから」
「ホウ統様にご迷惑をお掛けしていると、自負はしております」
「だったら話は早い。どいちゃくれないかねえ」
「申し訳、ございません」


口先だけではないと、なまえの顔を見ればわかる。いっそのこと窓から出ちまおうか。そう考えて視線を動かすと、目敏く気付いたらしいなまえが「駄目です!」と声を張った。駄目です。別段ホウ統が気にする必要はないのだが、可愛らしくは思う相手。切羽詰まった表情で叫ばれては、実行するのは非情に思えてしまう(これが諸葛亮を不快にさせるのだろう)。


「なまえ、お前さんにも片付けなきゃなんない仕事はあるだろう?あっしも諸葛亮に用がある。その諸葛亮は劉備殿に。お前さんがこのままでいると、被害は甚大だよ?」
「………そっ、そう、です、ね…」
「話があるなら聞くけど、ほら。言ってみな」
「話、は。…何も、ないのですが」
「…やれやれ」


ここは嘘でも話があると言えばいいのに。まあ正直者のなまえだからこそ好ましくも、不誠実ではいけないとも思うのだが。確かにホウ統自身、なまえを好いている。好きといっても妻にだとか情交におよびたいだとか、そんな好意ではないが。純粋に仲間や友人として好ましいのだ。

なまえが望む存在にはなれない。生涯、とは言わないが、少なくとも今は。


「少しだけ、二人でいることは出来ませんか」
「無理だね。
それで事が滞るのは大問題だし、さっさと片付けてのんびりしたいんだ」
「………重々、承知致しております。申し訳ございませんでした、ホウ統様」

この場合、間違った行動を起こしたのはなまえ。ホウ統に非はない。やはり心から申し訳なさそうにするなまえは真っ直ぐなのだと、そう思う。

「なまえ」
「本当に申し訳ございませんでした。もう二度とこのような真似は、」
「暇が出来たら、一献やらないかい。それなら怒らないからさあ」
「……っ…!はっ、はいっ!」


全てを見通しているような、あの男。話し合いがはじまる前にまた説教だろうか。あまりに想像に易い姿に、ホウ統は頭痛を覚えた。



end.

20120310 むじ


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