「待て」


風が吹き荒ぶ、今夜は外が騒がしい。夜空高く浮かぶ雲がその風にのって流れていく、川の水のように流れていく雲、見え隠れする月。
窓を閉めようとした時、その手を止めるよう声が掛けられる。私ははい、と返事をして窓を閉めない、月がよく見える。


「今宵は綺麗な満月で御座いますね」
「ああ」
「少し明るみが増したような、気が致します」
「ああ」


そんな満月を見たからなのか夏侯惇様の声音が僅かに、違うような。私は寝台へと近付き、近くにあった椅子に座る。静かに息をされる夏侯惇様、以前は失った左目を覆う眼帯がとても勇ましく感じていた私だったが今は。


「…夢を見た」
「夢、で御座いますか?」
「淵が、」


夏侯惇様は最近夢を見ていらっしゃる、夢を見る程にまでよく眠れていると思うと少し安心をした。今回見た夢には夏侯淵様が出ていらっしゃり、懐かしい幼少の頃の夢であったとか。
夢の内容をお話になった夏侯惇様は深く息をつき、視線は変えずに呟くように、


「俺にも来ているものが見える」
「…」
「もう、近い」


僅かながら見える諦めの表情、それを見ているのが辛かった。私は何もできない、こうしてお側で声をかけることしか。
びゅう、と風が強く吹いた。その風は部屋へと入ってきてあらゆる物を揺らしていく。それはまるで今この状況を表しているかのように、揺れる私の衣の裾、髪を揺れた。


「夏侯惇様」
「…」
「もしかしたら、明日は晴れるやもしれません」
「どうして分かる」
「女の勘、でしょうか」
「…あてにならんな」
「それはどうでしょう?私これでもよく当たるほうなのですよ」
「…」
「夏侯惇様」
「…なんだ」
「もう少し温かくなりましたら、庭をご覧になりませんか?」


生前、曹操様がお作りになったお庭は様々な花が見られ、四季折々違った顔を見せるお庭。女官達もあのお庭を気に入り、それを聞いた曹操様が嬉しそうに笑っていらっしゃったことを今でも覚えている。
冬も終わる、新しい季節へと変わるこの時期、今の時期が一番美しいと皆口を揃えて言う。私も好きだ、それを夏侯惇様にもお見せしたいと、思った。


「花は、良いものですよ」
「…花、か」


夏侯惇様の口角が僅かに上がったのを見逃しはしなかった。自然が与えてくれるものは大きい、曹操様がお作りになられたお庭なら尚更。
満月が姿を現す。つい先程まで雲に隠れていたためか、その月光は神秘的だった、その光に温もりを感じる。
梅が咲く季節、私は待ち遠しく思っていた。


20120318 柳


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