薙刀に添えた手が震える。
戦場に立つことを常とする方々とは違い、私がこうして敵対するために得物を握るのは稀なこと。私に守る術を与えてくださったのはギン千代様、そのギン千代様を含め、我々を導きお守りくださっているのは宗茂様。婿養子として入られたあの方は、不思議な方だ。

宗茂様が高橋家より参られて、早二十年が経とうとしている。今や指示を出すお姿も様になり、ここ柳川の民にも深く慕われたお方。暮らしを共にはしておらずともギン千代様との間には確かな絆が存在しているし、我々臣下も宗茂様を心よりお慕いしている。慕わずにはいられない、と言うのだろうか。そのお姿を浮かべるだけで心強い。


「なまえ、平気か」
「宗茂様」
「怖がるな、と言いはしないが。お前に薙刀を振らせるような真似はしないさ」

柔らかな笑み、震える手に置かれた宗茂様の掌に溢れ出るのは安堵感。同時に込み上げる涙に鼓動が逸る。
宗茂様の負担となるわけにはいかない。この方は、どのような場にあっても我々に不安を与えなどしないのだから。

「感謝いたします。…申し訳ございません、このように弱気ではいけませんね」
「戦は侍女の勤めではないからな。仕方がない」
「ですが、私も立花の人間です」
「その立花の人間を守り抜くのは城主である俺の役目だ。今回は、意地もあるのかもしれないが」
「意地」


先の戦では西軍本隊として働くお心積もりであったが、大津城で足止めを食らい合流は敵わず敗北。輝元様に徹底抗戦を訴えるも受け入れられることはなく、柳川への帰還を余儀なくされた。そして宗茂様が選ばれたのは、ここ柳川で最後まで抗うことだ。


「有り得ないが、薙刀を振るうならもっと力を抜くべきだな」
「え、あ」
「妙な力を入れていると上手くいかなくなる」
「…はい」
「なまえ。城には誰ひとりとして入れるつもりはない、安心しろ」


置かれていた掌が離れ、優しく頭を撫でる。消えていく恐怖、不安。私だけではなく、皆こうして励まされているのだろうか。


「柳川は俺が秀吉様より賜った土地。未だ立花の地であるならば、膝を折るのは道理に反する」
「宗茂様、」
「まあ一応了承を得たとはいえ、叱責は免れないだろうがな」
「ギン千代様、ですか?」
「その前に立花の意地は見せると、頼もしい返事をもらったが。…そういうわけだ、信じて待っていたらいい」
「…畏まりました、宗茂様」


ああそうだ。
これまで、宗茂様のお言葉に偽りなどなかったではないか。宗茂様ならばどんな逆境も塗り替えてしまえる。どんな状況でも天運を善へと向けてしまえる。私は宗茂様だからこそ、手放しで信じることが出来るのだ。


「私はただ信じています、宗茂様を」
「ああ。俺の城だ。戦い、守り抜く」


もう何も怖くはない。私には、宗茂様がいるのだから。



end.

20120226 むじ


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