「よ、」
「…お疲れ様です」
「卒業おめでと」
「…」
「…んだよ」
「いや、何となく」


今しがた卒業式を終え、廊下は人でごった返していた。他クラスの仲の良い人で集まって写真をとったり、卒業したと喜びあったり、部活の後輩は涙ぐんでいたり、親達は話し込んでいたり。
そんななかを抜けて私は屋上にやってきた。来た、という名の避難ともいう。晴天の空を見て学校生活も終わることを実感した。


「卒業だな」
「卒業だね」
「暫く暇だな」
「じゃあ留年する?」
「それだけは嫌だ」


私はカラカラに干枯らびた高校生活だと言われるくらい思春期特有の初々しさも瑞々しさも兼ね備えず今日までやってきた。周りは彼氏彼女がどうというが私はそんな事情に興味はなかった、その話で小一時間体が保つわけがない。兎に角、十代女子というのはもっとこう、キラキラしているものだ。お洒落は命で、噂話に敏感で、お菓子が好きで、底無しの明るさをもっている。だが、私はその概念から四五歩程外れた場所に位置し、明るいわけでもなくお喋りが好きなわけでもなく、ただただ「傍観者」と言っても過言ではないくらいだ。
そんな女子らしくない私にも友達といえる(多分)人はいる、それが今私の隣にいる。夏侯仲権、不思議な奴。


「教室にいなくていいのか?」
「うん」
「写真とかは?」
「撮ったよ、泣いてる担任のハゲ頭」
「お前さあ…」
「決定的瞬間だった、ベストショット」
「だからって…あー、もう何も言わねえ」
「絶対消さないよ、面白かったもん」


一人でケラケラ笑っていたら夏侯覇から白い目で見られた、そっちだって散々「ザビエル」って馬鹿にしてきたくせに。
カサリ、胸元のコサージュが風に揺れて音がする。本物の花ではなく造花から作られたものだけど(ご丁寧に「卒業おめでとう」だって)、何故か外す気にはなれなくて。


「いつも一緒にいる二人は?」
「姜維は諸葛亮先生のとこ、んで関索は…」
「モテモテ関索くん」
「そういうこと」
「格好いいもんね」
「じゃあ写真撮って貰えよ」
「いい、もう沢山撮った」
「は、いつの間に?」
「頭のなか」
「…そういうこと、か」


そりゃ勿論、直接撮るわけない。
未だに下の廊下からキャアキャアワアワア聞こえてくる、これで離れ離れになる人だっているわけだから名残惜しいのだろう。
そういえば、と私は夏侯覇の方へと顔を向ける。


「あんた、クラスにいなくていいの?」
「まあ、別に」
「ふうん」
「写真とかいいし、姜維も関索もクラス違うし」
「じゃあ三人で撮る?」
「え?ああ、別にいいよ」
「何だ、関索くん呼び寄せるチャンスだったのに」
「来ると思うぜ、さっきメールしたし」
「そっか、じゃあ後一時間後だね」
「だな」
「姜維は何してんだろうね」
「あの先生のお陰で大学決めたって言ってたもんな」
「凄いね、愛だよ愛」
「まあ、姜維は頭いいし」
「どっかの誰かと違ってね」
「…もしかして、俺のこと言ってる?」
「………そんなことないよ」
「分かりやすいんだよ」


この野郎、と頭をぐりんぐりんに回されて(首がバッキバッキ音鳴った)(本人曰く「撫でただけ」)今日のために整えた髪もぐちゃぐちゃにされてしまった。酷いやつだ。
お返しに、とグーを突き出して殴ろうとするモーションをしたらパシッと音をたてて止められてしまう、言わずもがな夏侯覇の手によって、しかも片手。悔しくなってもう片方の手を脇腹に向かって伸ばす、「うおっ」と言いながら避けようとするがその動きに着いていった私の手、見事に夏侯覇の脇腹を擽ることができた。


「バッ…!や、めろてめ……!」
「よーしよしよし」
「よしよしじゃね…えし!」
「い…たい痛い痛い!」
「俺の握力舐めんな」
「舐めても美味しくない」
「マジで舐めた方向で意味とるなよ」
「ね、擽んないから手離して」
「もう擽らねぇか?」
「うん」
「本ッ当に擽らねぇか?」
「何、弱点?」
「違うし!」
「分かったから、取り敢えず離してってば」
「擽らねぇか?」
「夏侯覇しつこい」


何度も聞いてきたわりにパッと手を離した夏侯覇、右手はまだじんじんする。
私は脇に置いていた紙パックジュースを持って一口、残り少なかったので全て飲み干してしまえ、とそのまま飲み続ける。ズー、と音をたてて無くなったことを告げたストローから口を離す、夏侯覇がじっと見ていた。


「何」
「それって何?」
「ミルクセーキ」
「へえ」
「バナナミルクセーキ、イチゴの果肉入り」
「…訳わかんねえ」
「ね、変だよね」
「うまかった?」
「まあ、そこそこ」
「なあ」
「んー?」
「なまえってどこ行くって行ったっけ」
「…どこだろう」
「決まってないのか?」
「決まってない、てか決めてない」
「は?」
「担任に散々言われたら面倒臭くなった」
「お前ね…」
「夏侯覇は?」
「俺は上京する」
「へえ」
「たまに来てもいいぜ」
「気が向いたら」
「アポ無しとか有り得ねえからな」
「覚えておく」


上京か…クラスでも上京する人何人かいるらしい、詳しくは分からないが上京は憧れるもの、らしい。そして私はこの通り春からフリーター。なに考えているか分からないと担任に言われたくらいだから相当適当にやっているだろうと思われていると思うが、私はこれでも真面目に考えている。一応、ね。
未だに下の廊下からは声が聞こえてくる、チャラ系の男子が「いえーい」とか「うえーい」とか声をあげている、偉くテンション上がっているようだけどこちらは全く上がらないなー。


「引っ越しはいつ?」
「二十日とか、そこら辺」
「へえ」
「見送りに来いよ」
「どうしよっかな」
「そこは空気読んで「行くっ!」て即答なのが女子ってもんだろ」
「履き違えてるね」
「お前もそのくらい女子になれよな」
「名目上女子なんですけどね」
「んな気だるげな目した女子なんていないぜ」
「むかつく」
「お互い様だろ」


自棄になって「絶対行かないしバーカ」と叫ぶようにいう。お前な…と溜め息をつきながら声がしたが私は知らない。自棄になった、そう自棄だ。
叫んだらつっかえていたものが消えて何だかすっきりしたような感じがした、無意識に深呼吸をして夏侯覇へと振り返る。


「やっぱ仕方無いから行ってあげる」
「上から目線」
「夏侯淵さんに会いに行くの、序でに雪玉ぶつけながら見送ってあげる」
「そんな見送り方いらねー…」
「東京なんか雪合戦できないんだからね、塹壕とか作れないんだからね」
「そんなガキじゃねえし」
「…それで?」
「今、何思いながら言った…?」
「ソンナコトナイヨ」
「わざとらしいんだよ!」


こうやって馬鹿言い合える奴が遠くなるのは少しだけ寂しい、のかもしれない。認めたくはないけどね。


20120318 柳



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