※男女お好きに

まだ、刻限では。
まるで描かれたような微笑の女性は、一瞬、天女なのかと思えるほどだった。「あなたがみょうじなまえ様。まあ、凛々しいお顔したはること」と鈴を鳴らすように軽やかに、似合いの化粧を施した美顔が一層麗しく見えるようにしながら(意識をしているのか、私の思い違いかもわからない)、零す女性。彼女は、巫女だ。出雲から来たと言っていたか。

舞を披露しながら金を集め、神社の再興を目指しているらしい巫女さん。私も主を捜し求めて、戦を求めて諸国を歩き回っているが、先々でこの巫女さんに出会うのだ。


「やあ、またお会いしましたこと。みょうじ様」
「あなたは、」
「ますますご立派になられて。どんな道を歩かれるか、楽しみどす」
「…はあ」


頬に手を添え、首を傾げる。花をあしらった番傘がくるりと一回り、有り得はしないが、花弁が舞い踊ったように見えた。
言葉の意味を、尋ねてみようか。頭では思っているのに声が出ることはない。きっと巫女さんに見とれているのだ。これまでこんなにも惹き付けられる人に出会ったことがないから、印象的なのだろう(しかし彼女は我が主にはなれない)。私が求めているのは巫女さんのように、理屈ではなく心を奪う人物。いるのだろうか、彼女以外に。



「みょうじ様、秀吉様にお仕えになったとか」
「何故」
「うちは、舞に来ました。天を統べた祝いや言うて」
「ああ、それでこちらに」
「みょうじ様に見ていただくんは初めてやんなあ。ふふっ、何や恥ずかしなってきました」
「…えっと、では。私は外した方が」
「そないなことあらしません。見といておくれやす。みょうじ様にとっての飛び切りの舞にはなりませんけど、是非に」
「そう、ですか。…では」


よくわからないことを口にする人だと思った。私は巫女という存在を詳しく知らないから、神に仕える人々は総じて不可思議なのかとも。「秀吉様。ふうん、どうなるやろか。難儀なお人や」。私の目を真っ直ぐに見詰めて独り言のように零した言葉。
天に最も近いのは秀吉様。その手腕に魅せられたこともあり仕官に至ったが、やはり巫女さんへの感情には劣ってしまう。その身を包む飾りも言葉も、何一つとして忘れはしない。忘れられないのだ。



「みょうじ様。ようやっとやなあ」
「……巫女、さん…?」
「仰山おること。幸村様も連れていかな」
「さな、だ…は」
「そないな顔せんと。家康様はご無事どす。討ち損ねた幸村様は、まだ噛み付く気でいたはるようで」
「……殿」
「あきません。みょうじ様は仕舞いや」
「しまい、とは」
「そのままの意味やよって。ある意味幸せなんやろか、みょうじ様が強く願ったはったことやものねえ」


命を落とすならば戦場で。唯一無二の主のために命を使い果たす。この思いを、巫女さんに話したことはあっただろうか。靄掛かった頭では上手く考えられない。今まで一度だって、巫女さんを忘れたことはないというのに。


「さて、みょうじ様」

私を捉えて縛る瞳。瞳だけではない、巫女さんの全てが私を捉える。

「往にましょか」
「い、ぬ…?」

疑問を口にする私に巫女さんは微笑む。変わらぬ美しさ、彼女は巫女ではなく天女なのだろうか。もう何度、考えたのだったか。


「うちと一緒に出雲に往にましょ、みょうじ様」
「は――…」
「阿国。出雲阿国いいます」
「お、くに…」


そうか。
私は、彼女の手を取るために。だから私は、彼女に。



end.

20120305 むじ


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