「あの、郭嘉様」


手の中にある代物を握る力が自然と強まり、来るまでにぐるぐるとしていた脳内は、扉を叩いたことにより拍車を増してあることないことでぐちゃぐちゃとしてしまう。これは戸惑いだ。
中から許可の声が聞こえゆっくりと扉を押す。中にいらっしゃった郭嘉様はゆるりと笑みを携えて私を見ていらっしゃる、視線が交じり合い先に反らしたのは勿論私。


「おはようなまえ」
「おはようございます、郭嘉様。あのお話がございまして、」
「ああ、そろそろ来ると思っていたよ」


全てお見通しであった。もしかしたら私が朝起きてどのような表情をしたか、ここまで来る間悶々と考え込んでいたことも全て、私は郭嘉様の掌の上にいたようだ。
自然と両手で持つ代物を胸に郭嘉様へと四五歩歩み寄る。窓枠へ手をつきこちらを見ておられる郭嘉様、笑みは崩れること無く瞳には変わらず私を映していらっしゃる。


「…これが朝私の、」
「なまえに似合うと思って」
「え、?」
「昨日久し振りに町へ行ったんだ」


「曹操殿がたまには息を抜け、と言ってくださってね」、目を細めてお話になる郭嘉様、そのご様子からは町では有意義な時間を過ごされたのだろうと予想がつく。そしてすっと手を上げて人差し指が、私の胸元を指されている。詳しくは両手で持つ、この、


「春が近くなったのを感じて、そこで確か春はなまえが生まれた季節だったな、と」
「それは、」
「細やかではあるけれど、私から」


笑みを深くしてくつくつと笑う郭嘉様、私は顔に熱が集まるのを感じた。改めて、私はとんでもないものを頂いてしまったと気付かされる。
ひらりひらり、下へ向けた掌を扇いで私を近くへ来いとお呼びになった。私はそろりと近くへ行くと「貸して」と扇いでいた手を差し出される、私はそのすらりとした綺麗な掌に、頂いてしまった髪飾りを添えるように置いた。


「流石だね、上手に纏めてある」
「そんな、髪を上で纏めるのはまだ苦手で、」
「これが解かないようにつけてあげたほうがいいね、私は新たにうまく結わえることは出来ないから」


さっと髪飾りは郭嘉様の手へ、「背を向けて」と言われてどぎまぎしながら郭嘉様に背を向ける。これから何をされるのか分かりきってはいるが鼓動が速くなり、胸が痛い。郭嘉様の手が私の頭へ触れた瞬間、ひく、と喉が仰け反る。
今私は完璧緊張をしている。それは私の体の一部に触れているのが郭嘉様だからというわけではない。異性だから、だ。
家は母と姉二人の女家族、父は兵士として出陣し既に戦死をしている、それは私が幼い頃の話で私は父に触れられた記憶は残っていない。故か、この年になっても異性というのは未知の世界のように思えてならないのだ。
勿論克服したいと思う、こうやって女官として城内で働くということは必然的に異性と係わる場面は大いにしてあるわけで、 そう今まさにこのように。


「なまえ」
「はっ、はい…」
「肩が上がっているよ」
「え、あ…」
「ははっ、そんなに緊張しなくても、私はこれ以上どうこうしようなんて考えていないから」
「……はい、」
「もしかして、私のことが苦手、だったかな?」
「あ、あの!そういうことではございません、」
「そう?なら良かった」


できたよ、と声がかかり郭嘉様は頭から手をお引きになり、そっと触ってみると確かに結わえ方は変わらず留める髪飾りだけが変わっている。
私は正面を向き深々と頭を下げた。この反動で崩れてしまわないか、落ちてしまわないか少しだけひやりと思う。


「とても嬉しく思います、郭嘉様からこんな素晴らしい物が頂けるなんて」
「どうしてだと思う?」
「、え」
「どうして私がなまえに髪飾りを贈ったのだと思う?」


それは先程申された通りでは、そう思うのだが郭嘉様は違うらしい。先程とは違う、と。
私は眉尻が下がるのが分かった。そんな、頂いた私に訪ねられても全く分からない。
恐れ多くも私の生まれた季節を覚えていてくださった、それ以上に何か理由があるのだろうか。これだけでも大変恐縮しているのに、それ以外にもまだあるのだろうか。
鼓動が速くなるのが分かる。ああ、異性とは何故このように私には頭で処理できないことばかり、してくるのだろうか。やはり未知の世界、私には一生が二度あっても分からないと思う。
くつくつと喉の奥で笑う郭嘉様。私が全く分からないということを見破られたのか、話は答えと続いた。


「とても人気らしいね、その色」
「…あ」
「女性らしい色で、それになまえの髪によく生える」
「…あの、郭嘉様」
「なまえ」
「は、い」
「とてもよく似合うよ、本当に」


急に髪飾りが重たくなったような感覚に陥る。
そう言ってくださった郭嘉様を私は見ることができなかった、私はきっと紅のような顔色をしているに違いない。

ああ、これが異性へ対して想う感情というものなのだろうか。


20120310 柳


- ナノ -