闇から光へと移行する瞬間はとても幻想的だと、誰かが言っていたような。闇が支配していた世界に光が灯されて、空が照らされているように見える。逆である光から闇の世界へと入る瞬間も魅力的、でもこの色が何とも、曹操殿なら詩の一つでもお書きになるだろうか。


「朝、お早いのですね」


職務が立て込み体は結構疲れているはずなのに目が覚めてしまった、しかもこんな朝早くに、まだ誰も目を覚ましていないような時間帯に、だ。とはいっても再び寝付くこともできず(出来ればもう一眠りしたかったが)廊下に出てみたらこの通り、らしくなく染まる空を見ていた。
そしてその時、ふと隣に気配を感じて一瞥をする、身なりそして話し方から女官ではないことが大いに分かる、誰の正室、或いは側室であったか。


「こっちとしてみればもう少し明るくなるまで寝ていたかった、ですがねえ」
「まあ、こんな美しい景色を見てる前で、ですか?」
「見たいが為に覚めた訳じゃあ御座いませんから」
「そうでございましたか」
「ところであんたは…失礼、貴女様は、」
「そう恭しくしないでくださいませ、是非いつも通りで」
「…あははあ、籠ると世間が分からなくなってしまってね」
「名をお教えしたいことではございますが…敢えて伏せておいても?」
「なら俺は気兼ね無くあんたをあんたと呼んでいいってことだ」
「はい」


名前が分からなければそう呼ぶしかない、名前はおろか身分や立場すらも。俺は微かに吹く風を感じる、いつも通り少し冷たい、かな。
そしてこのうまくかわされている感じ、成る程掴めないところは郭嘉殿そっくりだ。どうもあの男と話しているような錯覚に陥る、これは頭を使う。
にこやかに微笑む女は再び空へと顔を向けた。


「賈ク殿は、この世界をどう思います?」
「朝日目の前にしてまた大層な話題で」
「あら、だからこそ趣が御座いましょう?朝日でこの魏国が目覚めるのです、それを目にしてどう思われます?」
「どうと言われても、俺は今目にする事柄で精一杯だ、世界がどうとか今は興味が無い」
「そうですか、賈ク殿らしいです」
「そういうあんたは?」
「私には…何と言いますかとても小さく、見えるのです」
「…小さく?」
「実際の国の広さや懐の大小の意味ではございませんわ、海を見て思ったことにです」
「海、あんた向こうの出かい?」
「海に近いところでした」


懐かしむように目を細めて遠く空を見る。この空と思い出す海を繋げているんじゃないかと思う。
ああ、酒が飲みたいとふと頭に過った。


「戦乱の世に美しい景色はよく生えます。生きることの価値を教えてくれるような、」
「授かった命をそう無下に捨てるもんじゃないと、俺は思うがね」
「私も最近はそう思います、自分だけではなく他人も」
「…」
「ですから賈ク殿、貴方様もそう無下にお捨てにならないよう」
「端から捨てる気なんて更々、出来れば老衰あたりで結構だが」
「まあ、それは私も同感ですわ」


二転三転と話が変わり、死ぬときの話だなんてまあ酒を飲み交わしていてもする話じゃない。いつか死ぬ、それは間違いなく起こることであり俺がどう死にたいかなんて決められるものでもない、特にこんな戦乱に生まれた限りは。
空から日が生まれた。


「賈ク殿、これからのご活躍を期待しますわ」
「そう滅多なことで死にはしない、と自分に願うね」


俺は日に背を向けてその場を後にする、あの奇妙な女の視線を感じたが振り返りはしなかった。どうせまたどこかで会うだろう、この城にいるなら。
夕焼けに似た東雲はこれもこれでいいんじゃないかと、片隅で思った。

後、曹操殿が宴を催された。いつもの通りの席、だが曹操殿の隣に見かけない女が居たことに俺は気付いた、いやはや世界はやはり狭い。
微笑みをよそに俺は片眉をあげて酒を煽った。


20120307 柳


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