慎寿郎と会話をしてから、時々すれ違いざまに声をかけられては慎寿郎の部屋で世間話をすることも多くなった。 初めはなんてひどい人と思っていたい名前も次第に、根は悪い人ではないと気付き初め会話するにあたって緊張はあまりせず、 思い切って杏寿郎の事を詳しく聞いても嫌な顔をせずに教えてくれる慎寿郎に対して名前は心を開いていた。 「千寿郎、名前はいないのか?」 「あ、兄上。おかえりなさい。名前さんなら父上のところにいると思いますよ。」 「父上…?」 日中、外に出ていた杏寿郎が家に帰ると名前の履物はあるものの姿が見えず千寿郎に聞くと思ってもいない返事が来たため目をぱちくりさせる。 「(あの父上が名前に…?、)」 まさか強く叱りを受けているのではないか、罵声を浴びせられているのではないかと少し不安を感じた杏寿郎は恐る恐る気配を消して慎寿郎の部屋の近くまで足を運ぶ。 部屋の襖は少し空いていて、会話が丸聞こえであったのをいいことに慎寿郎と名前のいる部屋の襖を背にして立ち止まり自然と聞き耳を立ててしまう。 「名前は杏寿郎とこの先どうなりたいと思っているんだ」 「何れ、師範である杏寿郎さんを超えてもなお、良き師弟関係でありたいと思っています」 「そうではない、好いていてくれてるのだろう、杏寿郎を」 「え、それは好きですけど」 「ちがうそうじゃない、杏寿郎の嫁になる気はあるのかと聞いている」 「よ、嫁ですか?!」 名前が驚く前に杏寿郎は聞き耳を立てていることに気付かれないように静かに驚きを見せていた。 「えっと、あの、でも師範のことはお慕い申してますが、正直この様な身体では嫁も務まらないと思っています。申し訳ありません。」 「あきらめているのか」 「あきらめるもなにも、歴史ある煉獄家をここで断つのは恐れ多いです。」 「それなら千寿郎がいるだろう」 「それはそれで千寿郎さんに押し付けているみたいで申し訳がありません。」 慎寿郎と名前は言い合うように会話をしては、慎寿郎が名前を慰め、杏寿郎の嫁になれと進めているように聞こえていた。 「だが名前は杏寿郎の事が好きであろう!」 「好きでたまらなく愛してますけどこればかりは仕方ないです!!もう!わからずや!」 「お義父さんに向かってわからずやとはなんだ!」 「お義父さんじゃないですよ!籍入れてないのですから!」 「ならば籍を入れろ!」 杏寿郎は恥ずかしく思いながらも頭を抱え、ため息をついた。 嬉しいやら恥ずかしいやらで、名前の身体の事について少し心をも痛めた。 「杏寿郎!!いるのだろうそこに!!気配が全く消せていないぞ!」 突然廊下の方の襖を見て叫ぶ慎寿郎に驚く名前と杏寿郎。 気づかれてしまったかと恐る恐るゆっくりと襖を開けながら自身の姿を2人の目の前に表した。 「し、師範?!」 「す、すまない、盗み聞きするつもりではなかったのだが…」 「そう言う割にはかなり前から聞いていたようだな」 杏寿郎は珍しくも照れた顔を見せると目線をそらす。 杏寿郎は気が抜けてしまい完全に気配を消すことを忘れてしまい、聞き耳を立て始めた序盤から慎寿郎には存在に気付かれてしまっていた。 |