杏寿郎は自身に降りかかる血の雨に打たれ、羽織が血に染まっていくのを、袖を見て実感する。

実戦で鬼に負かされる過去の弟子の姿が走馬灯のように脳裏によぎった。

杏寿郎は最悪の結果を想像しては、弟子の名前を呼ぶにも、その弟子の元に行くにも身体が身震いして動けなかった。


血に染まった羽織を胸元で握りしめ、その場で膝から崩れ落ちる。


「師範」


聞き覚えのある声に杏寿郎は下を俯いたまま息を飲みゆっくりと見上げた。


「名前…」


目の前には紛れもなく、継子の名前の姿。
名前は右手に日輪刀を構え持ち、笑顔で杏寿郎に目線を送っていた。


刀を自分の腰にある鞘に納めると、ゆっくりと杏寿郎に近づき前に来ると腰を下ろした。


「師範、お怪我でも…?」


心配をして顔を覗き込む名前を見ると安心して杏寿郎は目に熱いものが込上げる感覚があったものの、それが出るのを堪えた。


「無事だ。名前の方こそ、無事だったのか。先程の鬼は下弦だろう?」

「えぇ、かすり傷程度で無事です。聞いてくれますか師範、私、下弦の鬼の首を切りましたよ」


微笑んで答える名前に対して杏寿郎はゆっくりと頭を抱えるように名前を抱きしめ頭を撫でた。


「無事で良かった」


名前は杏寿郎の胸の中で安心をして微笑んでいた。


2人は手当をしてもらうほどの怪我を負うことがなかった為、負傷者を隠に任せこの場をあとにして、帰り道は急ぐこともなく、ゆっくりと煉獄家へ特に話もせずに歩いていた。


煉獄家へたどり着くと、家の中は暗く慎寿郎と千寿郎は就寝ているようだ。
静かに家へと上がり、台所には2人のために残してある冷めた夕飯と風呂場は湯船にお湯が張っていた。

2人は静かにかなり遅めの夕飯を済ませ、杏寿郎から順に風呂を済ませる。

名前は風呂から上がると食卓で茶を用意して待つ杏寿郎の姿が見えた。

名前の湯のみは杏寿郎の隣の位置に置いてあった為、静かに杏寿郎の隣へと腰をかける。


「すみません、私の仕事なのに」

「謝るな。構うことはない!」

2人は微笑みを見せながら湯のみに手をつける。

「強くなったな君は」

杏寿郎は言葉を発すると名前は杏寿郎の方へと目線と身体を向けた。

「ありがとうございます。師範のおかげです。」

「いや、君の努力の結果だ。よく頑張った。」


つい名前はえへへと照れて笑い、杏寿郎は頭を撫でた。


「正直、君は下弦を前にして戦いに負けるのではないかと、命を落としたと思っていた。」

「師範…」

「だが君は俺が思っていたよりも強く立派な剣士になっていたようだ。」


杏寿郎は少し悲しそうな表情をしながらも口元は笑みを見せ、名前の頬についていたかすり傷を手で包み込んでは親指でなぞる。


「綺麗な顔に傷が残らなければ良いが…」

「こ、これくらい別に…」

そう言いいながら名前は恥ずかしくなり退けようと杏寿郎の手に触れ離すつもりがそのまま握ってしまう。

杏寿郎もまた頬から手を離し、名前の手を握り返す。

2人は見つめ合った。

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