ふわり。
冬の乾いた風に揺れる花壇の花。花壇の前にしゃがみ込んでいるなまえの後ろ姿が身をこわばらせるように少したじろいた。
「なまえ、」
『んぁー、精市?』
後ろ姿に声をかけると、なまえはゆったくと振り返って。
それから『どうしてここにいるの?』と首を傾げたなまえに、すぐそばに転がっていたジョウロを指差した。
「水やり、しようと思ったけどなまえがやっててくれたみたいだね」
『あ、ごめん。精市の仕事だったね』
「いや別にいいよ。ただなまえがここにいるのが珍しいな、と思って。なんかあったの?」
幼なじみでもあるなまえの知識は人並みで。わざわざなまえ自ら水やりをすることは滅多にない。
せいぜい、たまに世話をするをおれの手伝いをしてくれる程度。
『ねー精市、』
「(うわ、流したな…)なに?」
『この花すごいね』
言いつつなまえは、花壇のなかに手を伸ばし、ブチブチと草を抜いた。
雑草とたまに間違えて花まで抜いているなまえの頭を軽く叩くとスカンとほら、いい音がした。
『ったぁああい!』
「煩いなもう。で、なにが?」
『んあ?』
「なまえは、なにに感動してるの?」
『…この花、「クロッカス。」…え?』
「この花は、クロッカスっていうんだよ」
クロッカス。嬉しそうに復唱してそしてまた、ふにゃりと笑うなまえ。
『このクロッカス。こんな寒いのにさーまだ頑張って成長してるんだよ』
そう言って、なまえが指さすクロッカスはまだまだ蕾の状態で。
早春に咲くこの花は、冬の間に成長を続けるのだ。
そんな健気で可憐で、そして強いところがおれのお気に入りでもある
「そうだね。すごく強い花なんだ。花咲くの、楽しみにしててよ」
『うん!何色が咲くかなー』
「それもお楽しみにね」
『精市のケチー!』
「ふふふ。」
楽しそうに笑うなまえ。
だけど、そんなのでおれの目を誤魔化せると思ってるの?
何年、隣でずっと見てきたと思ってるの?
なまえは悲しいことがあると必ずおれのところに来る。おれの、花壇に。
信用されてるのも辛いもんだね
「なまえ、そろそろ行きなよ」
『でも……』
「……クロッカスの花言葉、『青春の喜び、楽しみ』」
『!』
「今行かないと後悔するよ?」
すく、となまえは立ち上がった。そのままパンパンとスカートについてた土をはらう
『わたし、アイツに謝ってくる』
「…………うん。」
きっと今日の放課後には仲良く手をつないで帰るふたりの姿を見かけるだろう
分かっていても毎回背中を押してしまうおれはたいがい不器用だ
ふにゃり。なまえは最後にこっちを振り返って、笑った
『ありがとう精市。大好きだよ』
「!」
『じゃあまたね!』
はああ。
なまえがでていって広くなったこの空間に思わずこぼれた深いため息。
きっとなまえは知らないだろうけど、クロッカスにはもう一つ、花言葉がある
それを口に出来ないおれに、ピッタリのその言葉は、
貴方をここで待っている
(大切だから、好きだから)(だからおれは背中を押した)