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「上条?」

雨の中で傘もささずに佇む上条をみつけた。わたしのところからだと上条の背中しか見えなくてどんな表情をしているかは伺えない。名前を呼んだのにぴくりとも動かない上条にわたしは不安を抱く。え、まさか立ちながら寝てるとかそんなことあるわけないよね。けど、いや、まさか…。

「か、上条さーん?」

少し近づいてみて、上条の後ろからその表情を覗こうとちょっとだけ背伸びもしてみる。再び名前を呼べばぴく、と上条の肩が揺れて意識はちゃんとあるのだと安心する。よかった。とりあえず、問題はこの雨だよね。わたしが頑張って背伸びして腕を伸ばしても上条に傘をさしてあげることが、できない。くいくい、と上条の濡れた服を引っ張ってみる。

「あ、……なまえ、?」
「! うん?」
「濡れるから、手…気をつけろよ」
「傘、は?」
「今はいいや」
「…そっか」

上条の服から手を離す。雨に濡れたい気分、なのかな。とてもじゃないけど、振り向いて見えた上条の表情はそういった感情さえ分からないものだった。それと驚いたのが、名前だ。前までみょうじって呼んでたのになまえ、って呼ばれた。

「そういえば、上条って寮に住んでるんだっけ?」
「…うん」
「お、送るよ」
「…へ、?」
「いや、わたしの家は寮を過ぎたとこにあるし…それに上条がいいって言ってもこれ以上濡れたら風邪、ひいちゃうで、しょ…」

あれ、自分はなにを言っているんだろう。言葉は言えば言うほど小さくなっていったのがわかる。それに、わたしの視線は上条ではなく地面にある。なんとなく、さっきの言葉がはずかしくて。女が男に送るよ、なんて…なんか変、かも。

「そう、だな」
「か、かみ…」
「帰ろうぜ、みょうじ」
「あ…」
「どうかした?」
「な、なんでもないよ」

帰ろうぜ、と言った上条の笑顔はなんだかぎこちないもの。わたしの呼び方も、みょうじ、に戻っていた。

「あ、あのさ」

なんとなく。わたしの知っている上条と、わたしの目の前にいる上条は違うんじゃないかな、と思った。勘でしかないけど。

「なまえで、いいよ」
「!」
「わ、わたしも当麻って呼ぶか、」

言い終わる前に強い力で腕をひかれた。傘を持っている手だった。わたしの手から傘は落ちて、わたしの体は上条の腕のなか。これが、どうしようもなく懐かしい気がして。この温度が、どうしようもなく愛おしいような気がして。

「お前は忘れちまってても、俺は…」
「…?」
「……好き、だから」
「!」
「なまえ、名前…呼んで」
「…と、うま…当麻…」

目の前にいるのは上条当麻。わたしのクラスメイト。特別な感情を抱いていたわけでもないのに、まるでずっと前から好きだったみたいに愛しさが溢れてくる。その名前を呼ぶたびに。



奪われたもの

23 apr 23

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