その他

▽ 余計な懺悔


事の発端は先日のこと。仕事場の人に「最近、家の包丁の切れ味が悪いんですよね」と相談すると、おすすめがあると少しお高めの砥石をプレゼントされた。
早速帰ってから砥石を水につけ包丁を研ぐこと数十分、すっかり新品同様の切れ味に生まれ変わっていた。それに、真剣に角度を一定にして変えないように頑張った成果が現れていて、物凄い達成感に満ち溢れる。

そういえば、万事屋の包丁も切れ味悪かったなと思い出した。明日は丁度休みで会いに行く予定だったし、ついでに包丁でも研いであげようとウキウキ気分で眠りについた。
そう、そこまでは良かった。




異変に気がついたのは割とすぐだったと思う。
万事屋に来ていつも通りみんなに声をかけた後、両手いっぱいになるほどの食材をすっからかんになっている冷蔵庫に一旦入れた。

ご飯を作るには時間があるから先に包丁を研いでおこうと、別の鞄から砥石を取り出して包丁を滑らせた。刃物が擦れる音は耳に入れていて不快ではない、むしろ精神が落ち着くような感じまである。
なのでキッチンへの入り口で何やら三人が話していた言葉なんて、一切耳に入ってこなかった。

「……この間、勝手に名前のプリン食べたの私アル」
ごめんヨ、なんて急に神楽ちゃんに謝られて手が止まった。

この間のプリン。少し記憶を辿れば、そういえば一週間ほど前にデザートに取っておいたプリンが無くなっているプチ事件があったなと思い出した。あれやっぱり神楽ちゃんだったのか。まぁ、犯人は二人のどちらかだろうとは思っていたけど。

「……名前?」
「いいよ、あれ美味しかったでしょ? また買ってくるからね」

振り向いてそう笑って伝えると、不安そうな顔から一気に笑顔になり足取り軽く神楽ちゃんがキッチンから出ていくのを確認してからまた包丁を研ぎ出した。

そしたらすぐに今度は「あの……名前さん」と歯切れの悪そうに声をかけられた。

「名前さんが、その……大切にしていたハンカチ失くしたの、僕です。すみません」

ハンカチ?
ああ、そういえばお気に入りの花柄のハンカチが家になくて、万事屋にないか聞きに来たな。
また手を止めて、振り返ると頭を下げたままの新八くんの姿が目に入った。

「洗濯して干した後、取り込む時に風で外へ飛ばされてしまって……急いで追いかけたんですけど、見つからなくて」
「そうだったんだ。でも大丈夫だよ。わざとじゃないんだから怒ったりなんてしないよ」

そう言うと新八くんもまた安堵の表情を浮かべてキッチンから部屋へと戻っていった。
私は続きを始めようと包丁を手に取りながら、それにしてもなんでまた二人謝ってくるのだろうか、と考えるけど答えが出るわけでもなかった。

やり始めた頃よりも大分切れ味の戻ってきている包丁を触って、もう少しだと再度気合を入れた時。

「あのー……名前ちゃん?」

今度は銀時か。
わざとらしく名前にちゃん付けで呼んでくる辺り、何かやましいことでもあったのかもしれない。「なあに」と振り返らずに砥石に包丁を滑らせていると、後ろであーだこーだ言いにくそうにしている。

「この間公園で待ち合わせしたデートに遅れたの、依頼が長引いたからとか言ったけどよ、本当はパチンコ行ってました!」

手が止まる。
いや、あれだけパチンコはお金に余裕がない時は行かないって約束したのに行ったのか。しかも公園で待ち合わせしたデートって、連絡もなしに二時間私が外で待っていた時の話?

唐突な暴露話になんと言おうか考えていると、どう捉えたのかわからないが「あれ? 違う?」と、また次なる暴露話をしてきたのだ。

「あー……じゃあ、あれか? 一週間前にお前に黙って吉原行ったことか? いやあれは、そのー付き合いでだったしィ? 別に名前以外とそういうことしてねぇからノーカンだよな?」
「……」
「あれ、これも違う? じゃー……家賃払えって渡された金、パチンコに全額スったこと?」
「……銀時」

研ぎ終わって見違えるように綺麗になった包丁を持ったまま振り返ると、銀時と目が合った。銀時は私を包丁を交互に見ながら後ずさりしていく。

「いやいやいや、待て待て待て! 危ねぇから、な! 一旦! 一旦それ置こう」
「知らなかったなぁ、連絡もなしに二時間も待たされている時にパチンコに行っていたなんて」
「え!? し、知らなかった……?」

余計なこと言ったと顔に出る銀時に、ふつふつと怒りが込み上がってくる。

「へぇー、先週どこに行ったのかと思ってたら遊郭に行ってたのかあ。そうだよね、銀時は吉原の救世主様だし、美人の知り合いもたーくさん居るからチヤホヤされますもんねぇ」
「い、いやいや! 何もねぇから、本当! 指一本誰にも触れてねぇよ!?」
「家賃、払ってないんだ」
「あの……その、名前サン」
「ふうん」

握ったままだった包丁をシンクに置いて再度銀時を見上げる。ダラダラと汗をかく姿を見ても、こちらの怒りは収まらない。

へぇー、そうなんだ。ふーん。

「銀時、言うこと、あるよね」
「す、すみませんでした……」

いつもうるさいと言われる万事屋の食卓は、珍しいくらい静かで重々しい空気だったのは言うまでもない。

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