「大事にしてな」
有無を言わさないような圧をかけながら渡された笛はペンダント式で、半ば強制的に首からかけられた。
要らないとも、いつ使うのなど聞けなくて、ただ小さくありがとうございますとだけ呟いた。
街中で会う度、身につけているか確認してくるので私は肌身離さず持ち歩くことになった。お風呂の時と寝る時だけ外して近くに置くが、それ以外は本当に首から下げていた。
それも数日、数週間経てば身体の一部となって自然と身につけるようになっていた。ただ一回もその笛を吹いたことはなかったけれど。
ある日の夜、残業をきっちりした帰宅途中に声をかけられた。むわっとするアルコール独特の匂いについ顔を顰めたが、酔っ払いの集団は楽しそうにヘラヘラと笑っていて、厄介なのに声をかけられたと思った。
「忙しいのでこれで、」
間を通り抜けようとすれば、腕を掴まれて動けなくなった。力加減が分からないほどアルコールが回っているのだろう、掴まれた箇所が痛かったが口に出さなかった。
どうやってこの場を切り抜けるか。周りを見ても、通る人と視線が合わない。そりゃそうだ、厄介なのに自ら絡まれに行こうなんて人はほとんど居ない。
「何これ、笛?」
腕を掴んでいない方の男が私の首から下げられている笛に気がついて、私の返してと言う声も届かないまま、その男に奪われて面白半分にその笛を吹いた。
初めて聞いた音は思ったよりも高くてどこまでも響くようだった。
すると、笛を吹いていた男が突然視界から消えた。消えたというか横に飛んで行ったのだ、文字通り。
「やっと吹いたかと思うたら、誰やお前」
空気をガラリと変えてしまう地を這うような声に、私を含め酔っ払いたちは固まってしまった。最初からその場に居たみたいに立つ真島さんは、面倒くさそうに飛ばした男から笛を回収していた。
「ま、真島さん」
その声をキッカケに、酔っ払いたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。勿論、飛ばされた男を抱えながら。
後ろ姿が見えなくなって、またいつもの神室町が戻った時私の名を呼ぶ声が聞こえた。
「また新しいの買うたるな」
「……はい」
いつの間にか壊されていた笛が真島さんの手の上に乗っていた。なんで笛を。なんで私に。今聞かないとずっと聞けないような気がして、震える声のまま、真島さんと呼んだ。
「な、んで……笛なんですか」
「知らんのか? 夜に笛を吹くと蛇が来るらしいで」
「蛇……」
「厄介なんに好かれたのぅ」
頬に触れられた手は外気で冷たくなっていて、それがゾクリと背筋を固まらせた。蛇が来るなんて、あんなの迷信でしょう。
目の前に立つ真島さんの眼帯には白い蛇が居て、きっと神室町のどこで笛を吹いたとしてもすぐに来るんだろうと思った。それがいいのか悪いのかは分かりたくないが。