怒った。それはもう、付き合った中でも一番に腹が立った。
小さい価値観の違いとか、お互いの譲れないものとか、そういう他人が聞いたら「へぇ」くらいで終わりそうな内容だけど、今の私は生憎生理前で沸点が低くて、とにかく全てがムカついて仕方なかった。
「俺が悪かったんやろ」
別に悪かったなんて思ってない態度で謝ってくるのも、私が一人で怒ってるようにしてくるのも全部ムカつかせるだけ。
「だから! そういうのが嫌なんだって!」
別に全部真島さんが悪いなんて思ってない。私が勝手に怒ってる時だってあるし、真島さんが全然悪くない時だってあるのに、全部いつも自分が悪かったって謝られるのも嫌だった。
「ほんなら、どうしたいねん」
男の女の喧嘩なんてたかが知れてる。
男みたいに、そう、真島さんたちがよくやる様な拳で分からせるような喧嘩をすれば。
「……わかった、喧嘩しよう」
「今しとるやろ」
「違う。真島さんたちがよくやるやつ」
「あ? よくやるってなんや」
まだ頭は冷えない。このイライラの原因はホルモンバランスなのかも知れないけど、そんなことどうだっていいんだ。
シャツのボタンを一つ一つと外す。途中真島さんの「何してんや」の声も無視し、全部外して顔を上げた。
「あれやってよ、ヤクザ脱ぎ。みんな上裸で殴り合いするんでしょ? 私もやるから」
「そんなん出来るわけないやろ」
「やってみなきゃ分かんないでしょ」
勢いよく脱げたりしないから、袖から腕を抜いて服を地面に投げた。ブラジャーはいいや、めんどくさい。
「ほら、早く」
真島さんは私の姿を見て、すぐにジャケットを放り投げた。
殴り合いの喧嘩なんてした事ないからやり方わからないけどとりあえず、と握りこぶしを作ると真島さんは素早く動いて私を抱えあげた。
「あ、ちょっと! 始めって言ってない!」
「喧嘩なんぞに開始のゴングなんかあるかい」
「じゃあ、スタートって言うから! 下ろして!」
折角作った握りこぶしはぽこぽこと真島さんの背中に落ちる。般若や花の部分を叩いてもびくともしない。
「わかった、喧嘩したいんなら買うたるわ」
そう言った真島さんの足はリビングから寝室へと向かう。危険を察知して暴れてみるが、びくともしない。叩いても、押しても、何も変わらない。
「ベッドの上でどっちかが倒れるまでやな」
「やだ! 違うってそうじゃない!」
「明日の朝の目玉焼きにはマヨネーズでええから」
「えっ、さっきまで塩コショウがいいって言ってたのに」
「ま、動けたらの話やけどな」
顔なんて見えない。カーテンの隙間から光が漏れるだけの部屋の中に引きずり込まれたら、あとはもう真島さんのターン。