夢の話
ゾサ

真っ黒な空に栄える薄ピンク色の雲。飛行機雲でもなく入道雲でもないそれは、だけど確かに雲だった。見る限り地平線の彼方まで途切れることなく続いている。遠くの方に赤い屋根の灯台が見えた。どこか田舎の崖の上にでも建っていそうな程寂れている。けれどあの灯台には灯りを灯しに行くためのドアがない。近づいてもいないのにすぐにわかった。

ゾロはドアがないことをはじめから知っていた。


夢だからだ。


空には虹色の星が駆け巡り、例えるなら鳥の大群が空を横切るように流れていく。行き先など知らないし興味もない。星がどこから来るものなのかもゾロは知っていた。星はたった一カ所から生まれ、好き勝手拡散しながらこの世界を照らす。


世界は見知った顔で溢れていて、今までの航海で出会った奴らだったり、知らない奴だったりする。夢なので実際のところはよくわからない。案外そこらへんは適当なのかもしれない。


星はここの住人達を照らす。だけど人々が光に頓着することはない。何故ならそれがここでは当前だから。


たったひとり、ゾロだけが星の生まれる一カ所を目指す。人々の合間を突き進みながら、その流れに逆らうように、ただ一心にそこ目掛けて進む。

(見つけた)

町外れの丘の上にあいつがいた。膝を抱えて座り込んで、まっすぐ空を見据えている。隠された左目から、虹色の星がこぼれ落ちて、空に昇って行った。


星の生まれる場所は「サンジ」なのだ。
星の光が反射して、あいつの金髪は本来の色がわからないくらい光ってしまう。ゾロはそれが嫌だった。

「コック」

呼べば少し間を置いてコックは振り返る。随分前から気づいているくせに素直でない男はゾロが呼ぶまで振り返ろうとはしない。


「オイ」
「よお、クソマリモ。迷わず来れたかよ?」
「来れたからここにいるんだろアホ眉毛。」
「ああん?何いっちょ前に反論してやがんだ、迷子野郎めが。」

サンジとの距離がゼロになるまで、ゾロは歩み寄る足を止めなかった。一歩一歩、近づく度にこぼれ落ちる星の数はふえていく。キャラキャラと、耳元で星がぶつかり合って流れていく音がした。ゾロにぶつかった星は、パキンッと音をたてて消えていく。いつものことだ。

「これ出すのやめろ、ちょっと痛え。」
「いやだね、無理だね。」
「無理なこたねぇだろ。」
「いんや、無理だね。お美しいレディの言うことならまだしも、相手がてめぇみたいな筋肉マリモならなおさら聞いてやる義理はねぇな。お断りだぜクソ野郎。」
「いいから帰るぞ。」
「嫌だ。」
「…。」
「もうお前んとこには帰らねえ。」


ゾロの言葉がサンジによってかき消される。決して大きな声を出された訳ではないのに不思議だった。
サンジの言葉のその先を、ゾロは知っている。今度は夢だからじゃない。知っていて知らないふりをしてきたことだからだ。この男が、自分を責めていることを知っていて、その陰でどれだけ苦しんでいるかを知っていて、それでもまだ手放すことをしなかった。


不意にぐらりと視界が歪んだ気がした。一番恐れていた言葉を言われてしまう、そう確信する。

(だめだだめだだめだ)

わかっている、これは夢だ。
この男はこんなこと死んでも言わない。

わかっているのに、


「だってゾロはいつかおれを置いてくじゃねぇか。」
サンジの蒼色の瞳がまっすぐゾロを見ている。声は泣いているようなのに涙は全く見えないし、無表情だった。ただ責めるようにゾロを見ていて、震える両手でゾロのシャツを掴む。

「受け入れる術がねぇことを知っててお前は手を出した。それはお前の非であって、受け入れたおれの非だよ。」
「サン…
「こんなことならこんな気持ち知らないでいたかった!こんな気持ち知るくらいなら、…っこんな苦しいなら!

(やめてくれやめてくれやめてくれ)


「いっそおまえとなんて

その先をサンジが言葉にすることはなかった。言わんとすることは明白だ。後悔している、つまりはそういうことなんだろう。音にして聞いてしまえば、今度こそ絶望してしまいそうでゾロは言葉を口でふさいだ。音として生まれるはずだったそれを飲み込むように、唇を重ねて、どす黒く燻るそれらを腹底に沈めた。ふ、と小さい息を漏らして互いの唇が離れる。もうサンジが口を開くことはなかった。ただぼんやりと、ゾロをみていた。

「言わないでくれ。」

到底自分には似合わないような、囁くような小さな声でゾロは懇願した。瞳を閉じ、サンジの鎖骨らへんに顔をうずめて、子どものようにすがりつく。

(どうか)

「隣にいてくれ。」

もう一度小さく、祈るように懇願した。ぐずる子どもをあやすように、サンジのひえた指先がゾロのうなじを撫ぜる。サンジだってこどものようにゾロを抱きしめた。ぽつりと、サンジによってもう一度言葉が紡がれる。

「後悔してるんだ。」
「ああ。」
「けどそれ以上に。」
「ああ。」
「おれはおまえが。」


そこで会話は途切れた。星はいつの間にやら消えていた。サンジの姿も消えている。ただなんとなく、掌に残る一粒のしずくが、サンジの涙だということを知っていた。


夢だからだ。



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