同じ窓、同じ景色、昔から何一つ変わらない。

でも変わっていくものがあることもちゃんと知ってるんだ。


昔々のお話です。森の奥深くに高い塔が一つだけ忘れられたようにぽつんと建っていました。そして当然、そんな深い森の中に高い立派な塔がひっそりと建っていることはだあれも知らなかったのです。何しろその塔ときたら、誰かに見られるのを恐れるかのように、高い森の木たちの陰に隠れるように建っていましたからね。世の中で知られている「秘密」と呼ばれるもの達はこの塔のようなものを指すのでしょう。しかし本当の秘密は塔ではなく、その塔に隠されているものなのでした。

つまりはこの塔に閉じ込められている「サンジ」が秘密なのです。サンジは金の髪に青い瞳を持つお姫様です。お姫様、とわたしは今言いましたが本当のところサンジは正真正銘どっからどう見ても男の子でした。ではなぜ?それはサンジを幼いころからこの塔に閉じ込めている大人たちの、大人の事情というものです。皆さんにはまだ難しいかもしれません。大人の事情というものは、大人になってからしかわからないものですから。

サンジの金の髪がとてつもなく長いのも、その大人の勝手によるものでした。大人たちは、誰かが塔にのぼって、サンジを連れ出してしまうことを何より恐れていましたので、塔にはドアも階段も何もありません。サンジに会うときは、いつもその長い髪を垂らしてもらって、それをつたってこの高い塔をのぼるのです。ですからサンジには、決して知らない誰かを塔にのぼらせてはいけないと、厳しく言って聞かせました。



言いつけをきちんと守るサンジはいつもひとり、塔の上で大人たちを待ちました。物心ついたころから閉じ込められている、一つの窓しかないこの塔の中で何年も何年も同じ毎日をくり返します。暇つぶしに始めた料理は、世界中のコックさんも驚くほど上達していました。そんなこと、サンジは知る由もありませんでしたが。そしてもう一つ、サンジは時間のつぶし方を知っていました。絵をかくのです。何年も何年も描き続けたので、紙だけでは足りなくなって、そのうち壁いっぱいが絵で埋まるくらいになりました。それこそなんでも描かれています。窓の外の風景、空の色、星の動き、なんでも好きなように。決まりなんて何一つないように思われましたが、必ずどの絵にも緑の髪の少年がいるということがたった一つの決まりごとでした。それはサンジの「秘密」だったのです。どうしてそれがサンジの秘密なのか、それは明確です。なにしろ大人たちがいつだってサンジの一番気に入ったものをもう二度と会えないようにしてしまうことをサンジはよく知っていましたから。

「今日も来ねえ」

と、サンジは一人ぶつぶつ言って不機嫌そうに顔をしかめながら絵の具の筆を置きました。壁を埋め尽くす絵の、これが最後の一筆です。


「せっかく絵が完成したってのになあ」


誰に聞かせるでもなく呟きます。緑の少年はここ最近姿を現さなくなっていました。それはサンジをひどくイラつかせ、そしてほんの少し傷つけてもいました。でもサンジは自分が寂しがっているなんてことを認めたりはしません。お姫様にあるまじき天邪鬼な頑固者だったからです。しかし転機は急にやってきました。その時不意に、塔の下からものすごく大きな声で、誰かが何かを叫んだのです。


「グル眉ーっ!」


当然、サンジは返事をしませんでした。当たり前です、そんな失礼なことを言う知り合いはサンジの思いつく限りいませんでした。いつものサンジなら無視を決め込むか、窓から包丁を投げつけたっていいくらいです。でもサンジは気分屋でもあったので、その日はうっかり窓から顔を出してしまったのです。あるいはもう、その声の主が誰か気づいていたのかもしれませんでした。これがディスティニーと言うものなのです。


「グル眉ーっ!」
「っせえ!やめろ近所迷惑だ」


やはり声の主は緑髪の少年でした。


「やっと出てきやがったな、おっせえんだよ」
「うるせえ、初見で失礼なことばっかほざくな!自分はマリモの癖して」


初めて緑髪の少年と話していることに緊張しているのでしょうか、サンジはどこぞのチンピラのような態度をとってしまいます。素直じゃないのです。そんなこともお構いなしに、緑の少年は叫びます。


「前からてめーを見上げてた!ガキの頃から惚れちまってる!俺はやっとお前を迎えに来れるくらい強くなった。一緒に来い、こんなとこでるぞ!」
「いきなり現れて何言ってんだお前!」
「てめーだってずっと俺のこと見てんだろ昔から。知ってんだぞ」
「(げ、ばれてる)うっせー!見てねーよ自意識過剰ハゲ!」
「いいから髪下ろせアホ!」


本当は今すぐにでも髪を下ろして緑の少年に会いたかったサンジでしたが、思いと裏腹に体は部屋中をあたふた駆け回りました。そしてどこからか引っ張りだしてきた裁縫ばさみ片手に、もう一方のあいた左手で長い髪をしっかり掴んで押さえつけると、そのままなんの未練もなしにバッサリ髪を切り落としてしまいました。先ほども言いましたがサンジは素直ではなかったのです。そんな訳で、しばらく下でイライラしながら待っていた緑の少年はもっとイライラすることになりました。当たり前です、やっとひょっこり顔をだしたサンジの髪が切られているのですから、普通の人間は怒ります。


「アァ?なんでてめー髪切ってんだ!?頭まで渦巻いてんのか!?」
「マリモが人の髪使ってのぼろうなんざ恐れ多いんだよ!来たかったらてめーでのぼってこいクソ野郎!」
「だからって切る必要ねーだろが!」
「なんださっきからごちゃごちゃと!髪みじけーの嫌いなんか、アァン?」
「んなこた言ってねーだろ!」


まだ下で何やら叫んでるマリモを置いて、再びサンジは部屋に引っ込んでしまいました。本当のところ、もうサンジは確信していたのです。もうこの髪は必要ないものなのだということを。そうして本当はなんだってできた自分が、今までここで何もできないふりをしてきたのは、塔の外に大人たち以外で自分を見てくれる誰かがいるのかどうかが不安だったからなのでした。もう皆さんお解りでしょうが、サンジは見つけたのです。塔の外にいる自分より大切な誰かと、何よりも自分を大切にしてくれる一人を。


そうなってしまえば、もうサンジがここにいる必要はなくなりました。すぐに何か固いものを突き立てて、石の塔を誰かがのぼってくる音もしてきます。言わなくてもわかるでしょうが、もちろんのぼってきたのはマリモ男です。両手に刀を持っていたので、それを使ってのぼってきたのでしょう。口にくわえている一本の意味があるかどうかは重要ではないのです。

面と向かって会話をするのはこれが初めてで、以外にも律儀にそして厳かに男は言いました。

「はじめまひて」
「…はじめまして」

残念なことに初会話はよく聞き取れませんでした。男が刀を咥えたまま話したので無理もないのです。しかし皆さん、安心してください。すぐにサンジは男が刀を咥えたままでも何を言っているのかわかるようになります。どうしてか?答えは難しいのですがそれはディスティニーと通じるものがあると言えるでしょうね。

「俺はサンジ。てめえは?」
「ロロノア・ゾロ」

そんな簡単な自己紹介をしながら、じりじりとサンジは部屋の奥に後退していきます。それに合わせて刀をしまいながら、ロロノアもゆっくり距離をつめていきました。2人の間は何故か殺気に満ち満ちていました。(二人とも照れをこじらせてしまったのです)ドンっと、サンジの背中が壁にぶつかって、それと同時にサンジの顔の横にロロノアが左手をつけます。


「一緒に来い」
「まだあってまもない」
「これで十分だろ?」


ニヤリと笑って、ロロノアは後ろの壁を軽く小突きました。一瞬サンジは呆けた顔をしましたが、すぐに我に返り、そして一瞬で真っ赤になったのです。理由はごく簡単で、今まで描いてきた壁いっぱいの絵をロロノア・ゾロ本人に見られたことが恥ずかしかったからでした。


「んなっ////!!ばか見んな出てけ!」
「愛されてんな俺」
「だだだ黙れクソ野郎!暇だったんだよ、勘違いすんな苔!毎回毎回、ちらちら見えるとこに出没するてめーが悪いんだからな!」


まだまだたくさん、サンジには言いたいことがありましたがそれを全て言うことはできませんでした。言おうにも、ぶわわっと涙が溢れてとてもそれどころじゃなかったのです。今思うと、サンジにとってその日は初めて経験することばかりでした。嬉しくて泣いたのもこれが初めてです。涙を不器用だけど、優しく拭いてくれるロロノアがいるのも初めてでした。


涙に濡れて冷たくなった頬を包み込むロロノアの両手を、さらに両手で包み込んで、少しつっかえながらもサンジは言います。


「髪短い俺でもいい?」


ロロノアは無邪気に笑って、短く切られたその髪に黙ってキスをしたのでした。


めでたしめでたし!






片思いなんかじゃなかった






「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -