電車は揺れる。


午後2時、電車にはほとんど人がいない。相変わらずだ。それは私が学生の頃から変わらない日常だった。各車両に多くて4、5人少なくて1人か、2人。わたしのいる車両は少ないほうだった。

昔からそう。周りは田舎臭くて嫌だと言ったけど、わたしは割と嫌いじゃなかった。わたしにお似合いだから。決して静けさが好きとか、そんな綺麗な理由はなかった。ここはわたしを値踏みしない、する程の価値がここにはない。お互い様だ。なんて可愛くない理由だろうか。


だけど冬の雲一つない空だけは好きだ。夏より薄めの空色、日差しは暖かなのに空気は冷たい。冬の薄着は人を不幸にする。私は沢山着込んだコートやらマフラーに埋もれつつ、わずかに冷たい外気に晒される肌で感じる、あの暖かさを特別なものだと思っていた。


でも今日は違うのだ。全然違う。冬の日差しはやっぱり夏より弱々しくて、今の私には弱すぎた。寒い。光の中なのに寒い。こんなはずじゃなかった。もうこの冷たさを知ってしまったから、前の暖かさには戻れないんじゃないかと思う。じわりと涙が滲んでくるのを忌々しく感じながら、拭うのさえ面倒で、だらしなく固い座席に体を預ける。


行儀悪く足を投げ出して、視線を落とせばストッキングを履いてるだけの私の足が力なく横たわっている。

(つまらなそうね)

ハイヒールがねじ込まれたカバンは、ちょっと離れた私の右隣に放り出されていた。放った記憶なんてないのに。


今日何かが弾けとんだ。


職場を飛び出して今に至る。靴をはく時間も惜しいほど、あそこにいるのが辛かったのか。今となっては全部わからなくなってしまった。たった数十分前の出来事なのに、ひどく私の頭は頼りなくて惨めだ。こうなってしまった理由を必死に探す。

(嫌み視線クスクス愛想笑い香水あの女才能若さ妬み比較失望期待、それから…まだある、ありすぎ…)


後悔していない訳なんかない。未練たらたらだ。できれば時間を巻き戻して、あのまずいコーヒーと書類の山しかない大嫌いなデスクに戻りたいとさえ思う。嫌われてたわけじゃない、友人だっていた。でもわたしじゃなくても良かった。


戻らないことだけはわかっている。


ワンワン泣いた。涙がボロボロ零れて、たいして意味もないメイクが流れ落ちるのもかまわずに。一緒の車両にいた誰かが迷惑そうにでて行った。かまうもんか、みんなわたしを置いていってしまえ、いっそ。


「ああ、うああああああ」


不意に、あの子に会いたいと思った。忘れた頃にいつも思い出す。もう会うことなんて二度とない。

美味しくてあったかい紅茶を淹れられたあの子に、会えたなら。一つしかない青い瞳と、金髪を揺らしてどうか迎えにきて欲しい。煙草の香りを纏って、そして吐き気がするほど甘やかして。


(それから)

ため息を一つ。

(あの時みたいに)


(叱ってくれたら)




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