(変わんねーのな)
この男の、トラファルガーの部屋はいつきてもなにもない部屋だった。少なくとも、当時中学生だったサンジの三年間の記憶にはそう残されている。
ローの部屋に招かれたのはサンジが特別仲がよかったからだとか、何か2人の間に特別なモノがあっただとか、そーゆーことは全くなかった。ただどうしてか何となく、色んな偶然や必然や…ローの気分が巡り合わさっただけで。そしてそれが偶々、サンジ一人だったと言うだけの話。
ヤツは中学生の癖、何故か既に学校から2駅遠い高級マンションに住んでいた。しかも一人で。
広いフローリングの、いかにも高級そうなリビングにベッドが一つポツンと置いてあった。窓から離れた、ちょうど日陰になるところに追いやるように。
(リビングにベッド…しかもカーテンもなし。で、キッチンは…?)
当然使われてなんかいなかった。冷蔵庫に辛うじてミネラルウォーターが入れてあるのみだ。リビング以外に、3つある部屋の一番大きな部屋は医学書がビッシリと詰まっていて、あとの二部屋は言わずもがな空っぽ。
全く生活感のない家。主の存在など、はなから認識していないかのようだ。自分の生活と違いすぎて、当時の俺からしてみれば、呆れるとか驚くを通り越して怖かった。
「机ぐれぇ、買えばいいのに」
いつだったか、そんなことを言った。その時の自分が何を思ってたなんぞ覚えていないが、確かにそう言った。
(勝手に買っちゃうか)
これも記憶が定かではないが、どうしてだか、その日だけはそんなことを思ったのだ。床にそのまま転がっていたヤツのパソコンを勝手に拝借して、そのまま何処のメーカーだかもわからない机を買った。
「買った」
ズリズリと膝をすりながら、ベッドに埋まるようにして眠るローににじりよる。
(まつげ意外に長い)
しばらくして、迷惑そうに顔を上げたローは画面を一瞬だけ見てから、またベッドの中に戻っていく。
「安っぽい」
一言だけ残して。
「学生には、手頃な値段だよバァカ」
一度だけ言い返した。
哀しいかな?その記憶から俺がローの家へと出向いた記憶がないのだ。あの机を買った日があの家との最後になった。
あれからもう五年経つ。そして偶然にも、医大生になったローと、見習いの料理人になっていた俺は再会した。五年ぶりの再会と言うのに、飄々としたローに流されるように、でもちゃっかり俺は今、奴の自宅にいた。それが今現在の話。
「お前やっぱ引っ越してたんだ」
「2年前にな」
さして興味も無さそうにローは短く応えた。相変わらずなにもない。だけど流石に、中学の時ほど空っぽな感じはしなかった。よくわからないが少しだけ安堵する。それから何気なく視線を隅に投げた時、目に付くものがあった。
(あ、)
「俺が買った机」
包装もそのままに立てかけてある。酷く部屋に不釣り合いなそれは、まさしく中学生の自分が買った、あの机だった。
「なんであんの」
声が弱々しくならないよう注意しながら問いかける。何もなかったのであろう冷蔵庫を、ちょっと不満気に見ていた瞳とかち合う。
「机、捨てなかったのか」
「ああ、」
冷蔵庫を閉めながら(普段に比べての話だが)優しい、あの頃から俺が密かに好きだった笑みを浮かべてヤツは応えた。
「また来ると思ってた」
「…組み立てんのめんどくせーだけだろ!」
「はは、」
酷く不釣り合いなそれは
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