※ムーミン原作参考
モラン:氷の化け物、凍結力がある




「サンジは雨か暗闇のようなもの。もしくは通りすがりによけて通らなければならない石のようなもの。

あれと話しをしてもいけない。あれのことを話してもいけない。

ゾロは、あれが明るいものを恋しがっていると思っているようだけどよく聞いてね。あれが本当にやりたいことは、明りの上にすわって火を消し、再び燃えないようにすることよ」




そういったのは誰だったか。





マイナス2℃の冬の夜、白樺の森の中でサンジを待った。最早視界が白いのが、雪のせいか白樺の木のせいか正直わからなくなっている。待っている間に古い小さなランプの灯は消した。

「しけてんなあ」

不意に、何もないはずの場所からぽつりと、聞きなれた声が浮かんだ。今日も今日とて全く気が付かなかった。ゾロは自分が気配云々には敏感な方だと自負しているが、サンジだけは別だ。人間ではないからだろうか。

「こんな真っ暗闇にお前と2人だけ?」
「そりゃこっちの台詞だ。」


なら来なければよいのに、と思う。それでも初めて会った夜から冬の間だけ毎年毎夜、2人はここに集まった。もちろん、2人以外に誰かがいたことなんて一度だってない。


今日はよく星が流れる。二度目の星が流れた後、ゾロはやっと口を開いた。


「大事な話がある。」
「へえ、」

ニヤニヤしながらサンジはゾロの言葉を待っている。眼が笑っていないが、いつものことだ。笑えないのだと知ったのはいつだっただろう。もう随分昔の話だ。


「これは俺の持論だが」
「マリモ持論」
「茶化すな」
「茶化してねーよ」


月明かりでサンジが青白く浮かび上がる。綺麗だ。温度のない奴の特性か、白い肌と金の髪は人の視覚を突き刺すように捉えては放さない。

人はそれを嫌がった。無条件に心を奪うから恐怖する、それはある意味仕方のないことだ。


「…聴覚は廃れる」

青い冷ややかな瞳がこちらをジッと見つめた。


「わかるか?」
「声は忘れるってことか」
「ああ、そんなとこだ」


サンジが鼻で笑った。気分を損ねたのでも、バカにしている訳でもない。それはコイツが不安なときに虚勢を張る時の癖みたいなもんだ。


「で、だ。視覚は廃れない」
「どうだか」


吐き捨てるようにサンジは言った。それからクルリと背を向けて、澄んだ紺色の星空へ両手を投げ出すように掲げ叫ぶ。


「あーあ、もう嫌だ!」


サンジの声で、夜の冬鳥が数羽、慌てるように紺色の世界へ飛び出した。


「緑のカビが勝手に出てきてつきまとってきたと思ったら、今度はクソ役立たずな置き土産置いて消えるだと?

こんな胸くそ悪いマリモ、さっさと凍らせでもして湖に沈めてやれば良かった!」

「そりゃご愁傷様」

「うるせえ早く話進めやがれ」


2人は向き合う。その時不意に、ゾロはいつかの誰かの言葉を思い出していた。


(あれが本当にやりたいことは、明りの上にすわって火を消し、再び燃えないようにすることよ)



(何を知ったようなことを)


始まりは小さな古いランプの明かりだった。冷たい氷の化け物の目的は、そりゃ確かにこの小さな明かりだったのだろう。けれども、とゾロは思う。いつからか、今日みたいにランプの明かりを消してもサンジはここにきた。何度も何度もここにきて、それは紛れもなく、ゾロに会いに来ていたのだ。


「今から言うこと、」
「うん」
「よく覚えてろ」
「…さあね、気が…向いたらな」


「愛してる」



ゾロの声が冷えた空気に溶けて消えてからもなお、サンジはまだゾロの唇を見ていた。一言一言の唇の形をゆっくり飲み下すように、忘れないよう、覚えるように。


愛しているものがある、いつかそう言った優しいこの男の唇をずっとずっとサンジは見ていた。
サンジだって、あの時はわからなかったが二度目の今ならわかるだろう。2人で数え切れないほどの夜を過ごした、今なら。
ゾロが言ったあの夜の言葉が、どんなに甘く幸せで、とてつもなく哀しいものだったかということを。正直、知りたくもなかったとサンジは思う。


(触れられればいいのに)


柄にもなく、サンジはそう願った。共有する熱。それは記憶もない遠い昔から、ひとりのサンジが欲しかったものだ。触れた瞬間、自分はゾロを殺してしまう。なんて恐ろしい化け物なのか。そうして声だけは、穏やかに低く甘く響く。


「でもやっぱ、俺」


「お前の声も好きだったよ」


さっきの言い分はあながち間違いでもないようだ。そう言ったサンジに見せたゾロの笑顔は、ずいぶん前からサンジを縛る何かだった。







聴覚<視覚






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