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ご飯も美味しかったし、素敵なバスタイムも過ごせた。置いてあったバスタオルは洗濯されてフワフワで、いつの間にそんなことしたんだろうと不思議に思う。ゾロがそんなこと出来るわけないから、サンジがやったのは明らかだが本当に手際のいい男である。


「お風呂頂いたわ」


言いながら、にこりと台所のテーブルに座るサンジに笑いかける。ソファーの向こうにゴロリと寝転んでいるらしいゾロも、チラリと頭だけ覗かせてこちらに一瞬だけ視線を投げた。すぐにまた、緑頭はソファーの背もたれの向こうに消えた。


「火照った体に冷たいアイスはいかが?」


見ればテーブルの上にシンプルだけどキレイに飾られたアイスクリームが一つ。


「素敵、贅沢ね」
「そんなに喜んでもらえるなんて光栄だなあ〜」
「サンジ君の手作り?」
「うん、簡単なモノだけど」


そう言って、サンジは視線を手元の書類に落とした。紙を埋め尽くす細やかな字は全て手書きで、驚いたことにそれらはサンジによって書かれたものらしい。

「レシピ…?」
「そんな大層なものじゃないよ」
控えめに金髪は笑う。それからナミの瞳を覗きこみながら、身体ごとこちらを向いた。ナミの肩にかけていたタオルをとって、髪を優しく拭きながら、おどけてサンジは言う。


「水もしたたる素敵なレディってのもセクシーだけどね、風邪引いちゃうのは頂けないなあ」
「ふふっ、なあにそれ変なの!」
「ええっ!変かなあ…?」
「変よ、でも嫌いじゃないわ」


じゃあ両想いですね、レディ!
座ったまま、両手を上に掲げて唄うようにふざけている。 適当にあしらいながら、ひっそりとナミは様子見していた。さっき掴めなかった、サンジの違和感が知りたいのだ。


「ねえ、サンジ君」
「なんでしょうか!」


薄々気づいていたが、サンジの眼差しは何時だってどこか冷めている。今だってふざけているけど、やっぱり眼差しはしんと冷たい。しかも性質の悪いことに、よっぽどの人間じゃないと気づけない程、上手く隠すすべを知っているようだった。


「私思ったんだけど」
「うん?」


「サンジ君ってコックさん?」


にこり、と品のよい薄い唇が弧を描く。流石と言うべきか手強いと言うべきか、次は失敗せずにとても上手くサンジは笑って答えた。

「まさか、違うよ。俺は…
……何だよマリモ」


怪訝な声で会話は途中で途切れた。手ぇどけよ、ナミさんの麗しいお顔が見えねーだろクソ野郎、そう言って、自分の両目の上に被せられたゾロの左手をベシリと叩く。寝ていたはずなのにね、意味深に肩をすくめれば、ゾロにギロリと睨まれた。怖くはないが、気に入らない。

叩いた割にサンジは大人しく、まだされるがままになっている。


「ギャギャ―うるせんだよ眉毛、風呂入ってこい」
「なんだよ、嫉妬か緑」
「緑言うな、入んねえなら俺が入る」
「お前の後なんか入れるかバカ、離せ!」


サンジはわたわたと、ゾロの左手から抜け出してふらりと立ち上がる。


「じゃあね、おやすみナミさん」
「ええ、おやすみサンジ君」

いい夢を、呟きながらへにゃりと笑って廊下へと消えていった

胡散臭そうなものを見る眼差しでゾロはサンジを見送って、残された2人の間にしばらく沈黙が訪れる。先に沈黙を破ったのはナミだった


「逃がしたわね」


ゾロと視線がぶつかる。さっきの厳しい空気はどこへやら、なんでもなかったかのような、いつも通りのロロノア・ゾロは言った


「てめえは勘がいいから、
聞いていいことと、聞いちゃならねえことの区別がついてるはずだ。…知っててタブーを選んだろ」
「そうね」
「そうねって…魔女め」


ゾロは呆れているようだったけど、怒っている訳ではなかった。立ち上がって冷蔵庫からビールを2本取り出す。片方をゾロに渡して、それからグラスが2つ冷やされているのを見つけた

(サンジ君だ、)

どこまで気の回る男なのだろう、疲れてしまうのではないかと、感謝半分呆れ半分だ。だけどそんなサンジの優しさはとても愛しいと思うし、そこにいなくたって残る温かさみたいなものが彼にはあるのだ。


「勘違いしないでよ、意地悪したかった訳じゃないわ!サンジ君は好きだけど、これから一緒に暮らすのに私だけ仲間外れなんて嫌だもの!」
「…落ち着け、そんなことわかってる」
「どーだか、…でもちょっと反省はしてる。悪かったわ、もうこんな野暮なことしないから安心して」


再び部屋は静まり返る。別にゾロとの暮らしで沈黙なんて珍しくないから気にならない。無駄なことは言わないのだ、この男。そこが気に入っているとも言えるし、疲れない沈黙は生活に必要なものだと知っている。少なくとも自分は。そして次に沈黙を破ったのはゾロだった


「俺が」


息を潜めて次の言葉を待つ。


「言わせたくなかった」
「…それって」

ぼんやり宙を見つめていた瞳がかちりと自分に定まる。この男特有の、鋭い、意志の宿った瞳は一度見たら忘れることなんてできないし、中途半端になんか付き合えないのだ。悔しいが、この男のこんな瞳を向けてもらえる自分が、少し誇らしいなんて思っている。だから取りこぼしのないように耳を澄ませた。時計の秒針がやけにうるさい


「一流レストランの副料理長だった」
「……え」
「でも色々あってメシつくれなくなってて、死んじまいそうだったからここに連れてきた」
「…怪我でもしたの?」
「そんなもんじゃねえ、もっと…めんどくせえもんだよ。あいつ考えすぎる上、隠すのが上手くて強がるからな。

…情けないが、気づくのがちと遅れた」


ゾロはレシピの一枚を手にとって、ほんの少しだけ表情を曇らせた。見るわけでもないらしく、一旦手にした紙切れはするりとその手の平から滑り落ちて、テーブルの端ギリギリで止まった。

「俺から言えんのはこんぐらいだ、後は本人が直接話してくるまで待ってやれ」

それから、くわっと大きな欠伸をして席を立つ。離れていく、まっすぐのびた背中を見送っていたら、なんだか無性に声をかけたくなった。

「ゾロ」

立ち止まって視線だけよこされる。珍しく控えめに、言い聞かせるように言った。


「サンジ君、連れてきてくれてありがと」


曖昧な反応を残したままゾロは二階の寝室へ消えた。


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