臆病者
ゾサ

「もしキミが100歳まで生きるなら、ボクは100歳マイナス1日生きたいなあ。そうすれば決してキミなしに暮らす必要はなくなるだろ」

ふわっと紫煙を口から吐き出しながらサンジは言った。煙草の灰を落とさないように器用にバランスをとりながら、小さな頭をソファの背もたれに預けている。自然に上を向く体勢になるので白い喉仏と鎖骨がいつもよりはっきり見えて、エロい。そんなことをぼんやり思っていたら上手く反応を返すことができなかった。ワンテンポずれながらもやっと一文字で返答。

「あ?」

サンジは不機嫌な顔でこちらを睨んだ。
向こうで換気扇が空気を巻き込んで唸っている音が耳障りでしょうがない。サンジの声が聞こえない訳では決してないがこういう音はあまり好きではなかった。いや、前はそんなに気にならなかったのに。この男といるようになる前までは。
同じ部屋で過ごすようになって、なんでも口に出していそうなこの男が、実は肝心なことは何一つしゃべろうとしない人間だと知ってからだと思う。空気の振動でさえ、この男を知るための「何か」を邪魔するものに思えてきて煩わしくなった。まったくもって自分らしくない。

「黄色いクマの名言」
「…なんで今それだよ…」
「人生は思い立ったが吉日なんだよマリモヘッド」

どこか懐かしい匂いの部屋はカ―テンが閉め切られてるにも関わらず淡く明るい。安物で薄っぺらいからだ。そのせいなのかは知らないがオレンジ色に染まる部屋に2人、静かだ。時間がゆっくり流れていく。部屋はオレンジだが、もちろんまだ夕日がでる時間帯ではない。時刻は12時をちょっと過ぎたくらい。その証拠に、わずかに開いたカーテンの隙間から、外から差し込む強い光が漏れ出して部屋の中にまっすぐ線を引いた。


「健気だと思わねえ?」
「思わねえ」
「なんで」
「そんなのフェアじゃないだろ、終わりが怖いと思うのがお前だけだと思うな」

なんでおれとお前の話になってんだよ、黄色のクマって言っただろ。

そう言ってサンジは嘲笑した。瞳が冷たい、冷え切った海の底みたいな蒼だ。
冷たい瞳のまま綺麗に笑って、煙草をもみ消しながら擦りよってきて、ゾロの肩に頭をのせた。

「つかお前百歳まで生きんの」
「俺だけじゃねえ、おまえもだ」
「やだよしわくちゃなお前なんて」
「てめぇもしわくちゃなんだよ!」
「干からびマリモか―、」
「聞けよ人の話!」
「百歳まで生きりゃ緑のマリモも白カビになってるかもな」

とんでもない悪態をつきながらも、サンジの白くて長い指はゾロの輪郭を確かめるように肌の上を滑っていく。鼻筋、唇、まぶた。三連ピアスまで到達したところで、やんわりとその指を右手で絡めとってやった。それからすぐに、ゾロの肩の上でサンジの頭が動いた感触。見ていないからわからないが、サンジが自分を見上げているだろうことは何となくわかった。

わかっているが知らないふりをする。知らないふりをするゾロをサンジは知っている。ゾロだってそんなサンジを知っている。お互い全てわかっているのだ。だけど誤魔化す。

「おい腹へった、飯。」

ため息混じりの小さな呟きに、ひゃひゃひゃ、と金髪を揺らしながらサンジは行儀悪く笑った。

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