「ゾロ!」
ボコン
呼ばれて頭に軽い衝撃。大方教科書か何かで叩かれたのだろう。その時点で目は覚めていたが、ゾロは無視を決めこんで(めんどくさいので)机に突っ伏したまま居眠りを続行した。その間も頭への攻撃は止まらない。
「ゾロ!!」
ボコンボコン
「起きなさいってば」
ボコンボコンボコン
ボコンボコンボコンボコンボコ「だ――うるせえっ」
カシャリ、
顔を上げた途端にシャッター音。やはり声の主はナミで、ついでに持っていたデジカメで寝起きを撮られた。効果があるとも思わないが、ゾロは持ち前の(?)悪人面でナミを睨みながら言う。
「しつけえんだよ、てめえはっ」
「はいはい、おはよ」
「…なにしてやがるお前」
「ビジネス。あんたの寝起きの顔、売れるのよ〜女の子に。寝起きに限らずだけど。こんなののどこがいいんだか理解できない!」
「勝手に人の写真売りさばいてんじゃねえよ!」
魔女め、ボソリと聞こえるか聞こえないかの声で呟く。ナミの地獄耳なら当然聞こえているだろう。その証拠に軽く机の脚を蹴られた。
「あんたが私のノートを借りた時点でプライバシーはないも同然。」
「随分前の話だろうが!」
「重要なのはページ数!1ページ千円、ページ数は9と半分。で、9千五百円の負債。まあ、写真代で稼いでるから実際はもっと少ないけど。」
なんて恐ろしい女。1ページ千円なんてぼったくりもいいとこである。まあ、値段に見合った内容であったのは認めざるを得ない。無駄だとわかっているが反論しかけたその時、ガサガサと購買の袋を揺らしてウソップが現れた。
「ほらよ、ナミ!頼まれてた新発売のオレンジムース。最後の一個だったんだぜ、このウソップ様に感謝しろよ!」
「きゃあ!ありがとウソップ!」
オレンジムースを受け取りながら、ナミはゾロの前の席に座る。ウソップもゾロの右隣の席に座った。もう一度袋をガサガサいわせて、小さいオマケつきの菓子を自分の席に、焼きそばパンとコロッケパンをゾロに差し出しながら言った。
「やっと起きたんだなゾロ」
「ああ、まあな」
「あたしが起こしてやったのよ。」
チラリと横目でナミのデジカメを確認したウソップの顔が、一瞬憐れみの色を浮かべたのは気のせいではないだろう。
気を取り直すようにウソップが尋ねてくる。
「そういや、お前が古典の授業でるなんて珍しいな。いつもサボっていねえくせに。」
「あ―そうか?」
「邪魔が入ったのよね?」
「!?…なんでそれをっ」
思わぬ不意打ちでむせるゾロヘナミがデジカメを手渡す。小さな液晶画面には、中庭で会話する生徒会長とゾロのツーショットがしっかり収められていた。
「いつの間にっ…」
「高く売れるわ〜♪」
「怖いよナミく〜ん…ていうか、なんだよお前、生徒会長と仲良かったのか?」
2人の視線が一気にゾロに注がれた。興味津々、と言った感じだ。ウソップはともかく、明らかにナミの瞳は新たなビジネスチャンスの可能性に輝いている。
「そんなんじゃねえ、今日初めて話した。」
「ほ―!どんな話したんだよ!」
「…別に…普通だ」
「あんたの普通は普通じゃないのよ!」
「どういう意味だそれ!」
「これこれ、喧嘩はやめなさいよ君たち」
生徒会長ひとりと会話しただけでこの騒ぎ様。一体こいつらは自分をなんだと思っているのか。なんとなく気に入らないが、生徒会長に感じたあの違和感のようなものの正体を知りたくて、ゾロはもう少しこの話を続けることにした。
「あの生徒会長ってやつ、」
オレンジムースの支払いについて言い合っていた2人がもう一度ゾロを見る。
「俺の名前知ってた。」
一度顔を見合わせてウソップとナミは呆れたようにため息を吐く。
「当たり前だろ、この学校にお前のこと知らねえやつなんかいねえよ!」
「まったくだわ、剣道で全国行く緑頭の三連ピアスなんて嫌でも覚えるわよ。」
「そんなもんか。」
「あんたもうちょっと自分の異質さに自覚もった方がいいわ。」
「まあ、異質っていったらあの生徒会長もいい勝負だけどな。」
「そうね、まずゾロが生徒会長を覚えてるのが奇跡に近いもの。」
うんうん、とウソップが感慨深げに相槌を打つ。
「どんなやつなんだよ。」
「名前知ってるか?」
「知らねえ。」
「知らねえのかよ!黒脚サンジだよ。この学校にまだ黒脚サンジのこと知らないやつがいるとは思わなかったぜ。…流石ゾロ」
(黒脚サンジ…)
「まあ、歴代生徒会長の中では異様な人気よね、あの子。容姿端麗、頭脳明晰、品があるし優しいし、気が利くわ運動神経は良いわでモテモテ。だからって気取ってる風にも見えないって言うんで、女子は勿論男子からの支持も高いし、当然教師のお気に入り。あ、眉毛へんだけど。」
「ファンクラブもあるらしいぜ、そん中では生徒会長はミスタープリンスって呼ばれてんだ。まあ、それはいんだけどよ。知ってたか?ゾロにもファンクラブあんだぜ?」
「まさかゾロにも、バカげたあだ名があったりするの?」
「そのまさかですよナミくん!」
「なになに教えて!」
「ミスターブシドー!」
吹き出しながら、2人は心置きなくゾロをバカにした。ひとしきり笑ったあと、笑いすぎて滲んだ涙を拭いながらもナミは言う。
「てゆうか珍しいわね、あんたが他人に興味示すなんて。」
だな―、今日は雪が振るわね―、こわやこわや、2人は口々に勝手なことを言いながら自分の席に戻っていく。
ひとり残されたゾロは、訳のわからない屈辱感を感じながらも次の授業に備えて、また寝る体制に入ることにした。さっきの時間は、何故か金髪が気になって安眠できたもんじゃなかったのだ。
「また寝んのかいっ」
頭上で突っ込むウソップの声はとりあえずスルーだ。