ふたりとひとり
ゾサ

 

それからナミが目覚めると和室はすっかり薄暗くなっていて、開け放たれていた縁側もきちんと締め切られていた。もちろん背中に感じていたサンジの温もりは消えている。ゾロもいないようだ。しかし代りに薄手のブランケットがナミの体を労わるように掛けられていた。

慌てて薄暗い部屋を見渡せば、隣の部屋と和室を隔てる襖の僅かな隙間から、淡い光が線になって畳に落ちているのが目に入った。


襖の向こうから、僅かに食器がこすれ合う音と、ゾロと誰かが何か言い合っている声が聞こえてくる。多分もとは落ち着いたアルトであろうその声音は、今はキイキイなにかすごい勢いで小言を言って忙しない。ナミはそろりと襖に手を掛けた。覗いてから思い出した。今日から自分は三人暮らしになったのだ。

「だァら、なんでテメェはそういつも先に食っちまうんだ!レディがまだお休み中だろうが!俺様のクソうめぇ飯を前に我慢することがどんなに辛いかはわからなくもねぇがな、毎度毎度許されると思ったら大間違いだぞ腐れマリモ!今すぐ箸をおけ!」

サンジはエプロン姿に鍋つかみ装着、という出で立ちで、おいしそうな湯気を立てる鍋を運びながら長い脚でゾロを小突く。
「だったら早くナミの奴起こしてきやがれエロ眉毛!」
「言われなくともそうするに決まってんだろ!わっかんねぇ野郎だな…って、め!まだ食べちゃダメって言ってるのわからないんでちゅかクソゾロたん。相変らずおつむが筋肉なんでちゅねー」
「…いい加減にしろてめぇ!そろそろ犯すぞ!」
「んなっ!食卓でなんちゅーこと言ってんだエロ魔人!変態!ぜつろ

なんだか長くなる気配を感じて、そこでナミは勢いよく襖をあけた。

「うっさいのよあんた達!じゃれ合うのは私の食事がすんでからにしてくれない?」
「んんんナーミさーん!おー目覚めですかぁん!初めましてサンジです、あなたに出会うために産まれてきましt」
「ナミてめぇやっと起きやがったな。いつまで寝てんだ、待ちくたびれただろ」
「ああん!?今のこのいい雰囲気みてわかんねえのか、出てけ邪魔マリモ!」
「後で覚えてろよてめえ!」

まだ何か言い合っている二人を横目にナミは食卓に並んだごちそうに箸をつける。きちんと箸は箸置きに置かれてあって、この家に箸置きがあったことに、まず感心した。一口食べて驚く。いつもより半トーン高めの声が思わず上がった。

「ん!おいしっ!」

ナミのいきなりの賞賛にサンジは予想外の反応を見せた。さっきからのサンジを見ればナミの言葉にもふざけた調子で答えると思ったのだが、以外にも金髪は慎重に、そして感情の見えない青い瞳でナミを静かに見返したまま動かなくなった。
ゾロは別段気にしていないように生姜焼きを口に詰め込みながら一部始終を眺めている。そんなゾロの横でぐるぐる眉毛を困ったようにへにゃんと下げて、やっとサンジは笑って答えた。

「光栄ですレディ。」


さっきまでの騒がしいサンジとのギャップにナミは少し戸惑ってしまう。この男、ただの気のいい女好き、というわけではないらしい。まあゾロとの関係を推測するからに、ただの女好きではないことは明らかなのだが。
掴みどころがないと言うのが正しいかもしれない。ナミがそんなことをつらつらと考えている間にも、すっかりサンジはもとの調子のいい男に戻っていた。さっきの泣きそうな、そしてちょっと傷ついたような下手くそな笑顔は後影もない。ただ上手に綺麗に、笑う男がそこにいた。

「ねえ、ナミさん。」

柔らかい、甘やかすような声で、不意に呼び止められて少し身構える。一緒に住むことについての話だろうか。ナミとしてはゾロがここで一緒に住むに値する男だと、サンジを連れてきた時点で何の反論もないし、心配もしていない。一緒に住んでもいいのかと、そう問うつもりならその答えは迷うでもなくイエスだ。それとも一応初対面であるのだし色々混み合った話でもあるのだろうか。十分溶け込んでるし、それも今更な気がする。しかしそれが世間一般で言う礼儀というものなのかもしれない。けれどサンジが発した言葉はそのどれにも当てはまるものではなかった。

「お風呂沸かしといたよ、」

にこにこと、この家に来てから数時間しか経っていない男が何の違和感もなくそんなことを言う。

「え?あ、そうね。ありがと?」
「そんなぁ〜感謝するナミさんも素敵だ〜」

返ってきた答えが全く予想していたものとは違うことに少し、いやかなり肩透かしを食らった気分だったが、風呂が用意されていることにまったく不満はない、むしろ助かる。というかこの男はなんなのだろう、この家の家政婦にでもなるつもりだろうか。なんであれ不快感はない。(ま、いっか。)この話は終わりにしよう。今はそんな事より、食卓に並ぶ素敵な料理に集中したい。


「サンジ君、デザートもあるわよね?」
「もちろんです、レディ!」


ゾロの茶碗にご飯をよそいながら、メロメロしてサンジは返事をした。


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